新宿にあるタ○シ○ヤのカフェ
【タ○シ○ヤにあるカフェ】

新宿にあるデパートの2×3階にある、オリンピックを開催している国の系統のお茶を出すカフェにて。

次に出る本のゲラをはさんで、向こうがタカソウさんでこちらが私。
注文したお茶には自動的に小さなスィーツがついている。小さな皿に、角砂糖大のものが二個。

私は食べなかった。
タカソウさんが、とちゅうで、ふとひとつを口にした。
たちまちにして、彼女の顔がウメボシに。
「まずいの?」
ウメボシのように苦しそうな顔が、ウンウンと縦に動く。

(そんなにまずいのか)
と思って、そう思ったのなら、口にしない人もいるが、そこまでまずいのかと思うと試してみたくなる人もいる。私はこれ。

角砂糖を三分の一くらいに指で割って、口に。
入れたとたん!
うっげーっっっっっ!!!

どうしよう。どうしたらいいんだよ。
吐きそうだよ。
だめだ、こりゃ。
ごめん。

最大級に行儀が悪いのだが、指を口に入れて、私はこの菓子を出してしまった。
とんねるずの食わず王嫌い対決に出演することになったら(ないだろうけど)、この菓子だけはだめだ。対決相手をだませない。

私は嫌いな食べ物というのがないといっていい。
むろん「日本の食文化から、かけ離れた食材」の中にはあるかもしれないが、日本の食文化にあるものの中には、「好きじゃない」というものはあっても、「嫌い」だとか「食べられない」だとか、とんねるずの番組のように「まいりました」と頭をさげるようなものは、まずない。

そのときの体調で食べたくなかったり、あとはアレルギーがあって「好きだけど食べられない」ものがあるくらい。

しかし、この菓子はだめだった。

しかし、弁護しておけば、この菓子はまずいわけではない(と思う)。

きっと、この菓子が好きだと思う人もいる。むしろ、多いのかもしれない。
濃いベルギーワッフルの味といえばいいか。

タカソウさんも私も、「酒飲みで菓子が嫌いな嗜好」だったので、だめだったのだろう。
タカソウさんは、泣きそうになりながら、水でのみくだしていた。

新宿に行かれる機会があって、試してみたい方は試されてください。
甘党の人なら、「うまい」と感じるのかな?


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【8月19日・20日限定/チョットまだあやういおしらせ】

チョットまだあやうい事項なので、読者主宰のサイト「ヒメノ式で行こう!」におしらせしました。よろしければどうぞ。「ヒメノ式で行こう!」の「掲示板1」です。
ヘンな広告が入るのを防止するためにIDとパスワードが必要ですが、広告防止のためであって、とくに、特別な会員制なわけではありません。

http://homepage2.nifty.com/Jekyll-Koga/qqa.files/hime.html
ID=himenoshiki パスワード=hi17
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20世紀少年といえばT.REX
20世紀少年といえばマーク・ボラン。マーク・ボランといえば若死に。好きだったなあ T.REX……ということで、『赤んぼ少女・その4』の続き発表をお休み中なので、代打に、浦沢先生の人気に便乗して、集英社文庫の自著宣伝。↓

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浦沢先生の『20世紀少年』が映画化され、近日公開されます。大阪万博がやってくるころの日本。少年たちのときめきと冒険心を描いた名作です。

こういう物語は主人公が少年で、読者も男……というのが圧倒的なパターンなのです。なぜか?、当ブログの(2)このブログをはじめた理由 にも書いたように、性差による趣味があるようです。

しかし、現在は、2008年で、この性差も、ずいぶん滑らかになったと感じられるのですが、いかがでしょう。

集英社文庫『サイケ』は、「20世紀少女」ともいってもいい。『20世紀少年』のケンヂやオッチョの時代の少女の日常を描いた短編集。
とくに『オー、モーレツ!』『少年ジャンプがぼくをだめにした』は、映画『20世紀少年』をごらんになる前に読んでいただけますと、あの時代の匂いの補足になるのではないかと……。

浦沢先生、中3トリオが中3だったとき中2だったのね。同世代なので、『20世紀少年』のケンヂやヨシツネたち「ダンシ(男子)」の行状は、なんだか痛いほどなつかしいです。

……というより、私はあのころ、むしろ、男子の性欲だった。女子の体なのに男子の性欲。これに困り果ててた物語。でも、万人には受けない小説なんだよね。だって、泣けないから。ふしぎだよね、みんな、なんでそんなに泣きたいのかなあ。毎日、ふつうに暮らしてるだけで、泣きたいこといっぱいあるのに、せめて映画や漫画や小説やおしばいの中では笑いたいじゃない?ちがうの?

http://books.shueisha.co.jp/


***(コーヒータイム)***

『20世紀少年』が映画化されると聞いたとき、私がもっとも気にした配役はヤン坊マー坊でした。

「あの役、どうするの? まさか、ザ・たっち が演るの? でも年齢が若すぎるよね? じゃ、ポップコーン? どこ行ったの、あの人たち」

などと、めくるめく思いにドキドキしてました。どうするんだろう? 初秋に映画をごらんになる方も、ヤン坊マー坊の活躍(配役)にぜひ御注意ください。

同時上映『ふたごのプリンセス(byわたなべ・まさこ)』(主演、マナ・カナ)……なんちて。。。

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号外/さようなら、赤塚不二夫先生

♪花のア太郎、江戸っ子気質〜♪

(耳の記憶をもとに900円のピアニカにて演奏by姫野 ↑をクリックするとア太郎の主題歌が流れます)

【号外/さようなら、赤塚不二夫先生】

 赤塚不二夫先生。
『おそ松くん』、おもしろかったです。女子だから、やっぱりトト子ちゃんがかわいかった。
『へんな子ちゃん』、************************************(略)**************************************************************************
************(略)***************************************************************************************『ひみつのアッコちゃんの呪文』は、最初は「テクマクマヤコン」ではなかったですね***************************************************************************(略)**********************************************************************************************だったのです。

 さようなら、赤塚先生。
『もーれつ、ア太郎』、おもしろかったです。
主題歌の♪花のア太郎、江戸っ子気質(かた〜ぎ〜)♪

★公開期限が過ぎたので一部のみアップ。★

★このブログは原則的に毎日更新されます。コラム更新ができない場合は、「チョット休憩(雑談コーナー)」だけでも更新されます★
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11)赤んぼ少女(その3)
【11/赤んぼ少女/その3=空からこんにちは】

 vol.11、これは楳図かずお不朽の名作『赤んぼ少女』にまつわる、愚かな少女の、愚かな過ちをつづった記録の、その3である。その3は、vol.11の主題からちょっと逸れて、いったん『空からこんにちは』をふりかえる。

※※※※


 人間、ひとたび忘れると、ころっと忘れるもので、「わあい、わあい、夏休みで、そのうえ盆と正月とクリスマスと誕生日がいちどに来た」とよろこんでいた「少女フレンド」と「マーガレット」のことを、小学3年生女児は、翌朝、歯を磨いたり顔を洗ったりしても思い出さなかった。

 むーしむしむし。
 翌日はくもりだった。
 重いスチールサッシに、サイズを丁寧に測って山中大工さんが入れてくれた網戸から風は、スウとも入って来ない。
****『スウ姉さん』ってあったよね。こどもながらにかっこいいタイトルだなあと思ってた。****

 ブーッ。
 玄関ブザー。
 みどりちゃんかな。
 ひとりで部屋で『夏の友』(1960年代、小学生の夏の宿題ノート)をしていた私は玄関に行った。はたして、三つ編みをおさげにしたボリュームのあるみどりちゃんが、ノースリーブのチェックのワンピースを着て立っていた。
「そういんのん、増村さんも着てはった」
「うん、授業(家庭)で作ったンや」
(へえ、やっぱり、〃高校生〃はすごいな。学校の授業でワンピースを作るのか。すごいな)

**** 増村さんは淡いめの小豆色に、鷺草が散ったような、ちりめんっぽい布地のワンピース。みどりちゃんは、はっきりした原色のおおぶりのチェックのワンピースだった。****

み「きのうはほんまにびっくりしてしもたわ」
私「そやな……アッ!」

 私は茶の間から自転車置き場に飛び出した。
 みどりちゃんを見て思い出したのである。

 あこがれの紙袋が一晩の湿気を吸って、しめっていた。
 あこがれの紙袋とは、もちろん、あの、小学館の紙袋だ。
 小学館のマーク、あるでしょう?
 机で本を読んでる人が白い影絵になったマーク。
 あのマークが入った、ハトロン紙の袋がなかった?
 小学館の刊行物の宣伝が入った紙袋。
 大川本屋さんだけではないと想われる。おそらく小学館は全国の本屋さんに配っていたのだろう。本屋さんで何かを買うと、たいてい小学館の、あのハトロン紙の紙袋に入れてくれた。

 だから、父なり母なりが、彼らのための書籍を買って家に持ち帰ると、その紙袋は射るように私の目にとびこんだものだ。
「なに? なに? これはなに?」
 と、ワクワクして、
「開けてもええ?」
 と、許可願いを出す。
「あー」
 とか
「うー」
 とか、大人は生返事だ。

 開ける。
 すると、あこがれの紙袋から、大人向きの本や雑誌ならまだしも、たんに半紙だとか熨斗紙だとか大学ノートだとかが出てきて「なーんだ」とがっかりしたものだ。

 シャネルやディオールの袋より、小学館のあのハトロン紙の袋はあのころの私に、甘い甘いお菓子の袋として、ビジュアルっていた。

 そのあこがれの紙袋を開けて、掌中におさめた「少女フレンド」と「マーガレット」は、一晩寝かせたカレーのごとく、よりいっそう魅惑的である。

 ソファで私は「少女フレンド」を、みどりちゃんは「マーガレット」を読みはじめた。

 time is up

『空からこんにちは』は最終回だっかのか、最終回に近かったのか、私は読むのがはじめてだった。
 しかし、楳図先生の、たまみちゃんのほうは、ところどころ「抜け」があるが、知っていた。たぶん、大川本屋で楳図先生のページだけは立ち読みしていたのだろう。
 なんといってもあのころ、「楳図先生のページはどこかな?」とさがす必要はなかった。当時の週刊少女漫画誌では、「こわいまんが」=最後のほうのページ、だったから。

『空からこんにちは』は杉本啓子作。仲良しの女の子ふたりが(高校生かだったかな)、屋上のデパートで気球に乗っていたら、なにかのはずみで気球の、もやい綱の結び目がほどけて、飛んでいってしまう話。

ふたりにすればたいへんなトラブル・ジャーニーだったのだろう。はじめて読んでも(しかも最終回近くを)、さぞやたいへんなアクシデントを乗り越えた回があったんだろうなと想像できた。ふたりはどこともわからぬ外国の海の上に飛ばされたものだと信じ込んでパニックになってるようだった。

 杉本啓子と北条なみえを、私はよくかんちがいすることがあった。絵は似ていないのだが、起承転結のかっちりした構成が、似た雰囲気を与えた。淫靡な匂いやエロスの香りのない漫画家だったので、性欲がもっともピークにあった私には……
 ****機会あるたびに言っているのだが、人によっては小学生期というのは、もっとも性欲が旺盛な時期であるというのが、私の持論である。****

 性欲がもっともピークにあった私には好みではない漫画家かといえば、そうでもない。『チャコちゃん日記』や『ヨッチャンパンチ』『おてんば新幹線』をたのしんだように、エロ目的ではなく読む時間も、いくらなんでも私にだってあった。24時間、発情していたわけではない。

 杉本啓子と北条なみえについては、かちっとした構成の漫画としてたのしんでいた。(この雰囲気の作風のグループでは里中満智子がダントツだった)

 その杉本啓子の『空からこんにちは』の最終回近くで、ふたりは地上をゆびさし、「●●●●●」と叫ぶのである。大きなコマわりになっていた。

 私はこのコマではじめて、世界遺産となったこの建造物の名前を知った。それは、原爆ドーム。そして、その名称と絵は、わけもわからず、ひどく恐ろしい印象を与えた。

 それなのに、ふたりは「よかった、よかった」と抱き合ってよろこんでいる。もちろん、ここは日本だったのだ、日本ならなんとか自宅に帰れる時も近いとよろこんでいるのだと、今ならと言わずとも、少し後ならすぐわかる。
 だが、このときは原爆ドームという名称と風景の、楳図かずおや浜慎二の漫画を見て感じるのとはまたちがう恐ろしさを感じて、こんな恐ろしい建造物を前にして(気球だから下にして、か)、よろこんでいるふたりという取り合わせに、強い違和感を抱いたものだ。

 原爆ドーム。
 その名称と、杉本啓子描くその光景に、しばらくのあいだだまって空(くう)を見ていた。みどりちゃんがそばで「マーガレット」を読んでいる日常からも、『空からこんにちは』の漫画の世界からも抜けて。
 なにを考えていたのだろう。
 おりしも8月だった。

★つづく。(その4)は、『赤んぼ少女』にもどりますm(_ _)m★
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11)赤んぼ少女(その2) 
『みにくい人』by楳図かずお先生
『みにくい人』by楳図かずお先生

【11/赤んぼ少女/その2】

 vol.11、これは楳図かずお不朽の名作『赤んぼ少女』にまつわる、愚かな少女の、愚かな過ちをつづった記録の、(その2)である。
※※※

 みどりちゃんから渡された200円を赤いサイフに入れて、自転車に吊り下げて、私は大川本屋に向かった。

 文庫を横半分にしたタテ×ヨコ×幅。これをもうひとまわり小さくしたくらいの大きさのサイフ。
 赤地にライオンの父と息子の絵が描いてある。パンジャとレオ。がま口式のサイフ。裏側はライヤ(レオのGF)。

 ハンドバッグよろしく細い鎖がついていた。
 本体がサイフなのだから、鎖はハンドバッグのような長さはない。本体に見合った長さになる。鎖に手を通そうとするとかなり苦しい。ややもすると通せたはいいが抜けなくなる。小2のときはそのスリルがけっこうたのしかったが、小3になると、通すのはやめた。この時期のこどもの体位はグングン変化する。

 だから鎖は自転車のハンドルにひっかける。ハンドルについたベルのでっぱりを利用してひっかけると滑り落ちない。


 ジャングル大帝のサイフをひっさげて、大川本屋に到着。
「あ」
 私は立ち止まった。
「あ」
 向こうも立ち止まった。
 3年1組の同級男子にばったり出会ったのである。

 大川まさお。
 本屋と同じ名字だが親戚ではない。
 背の順にならぶと前から3番目くらいの男子なので、日ごろ、接触がない。
***なんだか小学生のころって、「背の順」で分けられて行動することが多くありませんでしたか?***
 
 大川くんは前髪を長くして、それをツヤつけて横分けにしている男子だった。二歳上にお兄さんがいたからだ。上に兄や姉のいる子っていうのは、なにやらカッコだけマセたりする。

 目鼻だちの整った男子であったが、私は彼を見るといつもだれかを思い出した。「だれやったやろ?」。だれだったろうと考えるがわからない。
 はまえりこの絵と岡山カツコちゃんの相似に、ずいぶんあとになって気づいたように、大川くんが似ている相手が、高校生になってやっとわかった。

 答え。品川隆二。焼津の半次=おからの好きな素浪人花山大吉の弟分。初代ボンカレー。
***沖田総司を演っているのを高校生のときに知って、品川隆二本人にしてみればたいへん失礼ながら憤慨したことがある。世代的に沖田総司=木原敏江の沖田総司=草苅正雄だったもので……*******
 目鼻だちが整っているのに、どこかチンピラというか、アロハシャツを着てる感じというか、そんな顔だちの男子、3の1の品川隆二にばったり会ったとき、私は、はげしくドキッとした。

 不意に初代ボンカレーに恋心がめざめたわけではない。
 非日常を感じたのである。

(ハッ☆ いつも教室の前のほうの席にいる背の低い男子が本屋にいる。それも静かに立っている)
 この遭遇は非日常で、まさに夏で、夏休みで、水をまいた大川本屋のコンクリの床の、ほこりが水分を吸った匂いが、「平日の昼過ぎに本屋にいる」のだとつくづく知らしめた。

 この《非日常さ》にはげしくドキッとした私は、「あれー、大川くんやん」とか「なんや、来てたん、こんにちわー」とかといった《日常的な》挨拶をすることを、ころっと忘れた。

 忘れてだまった。
 相手も忘れたらしく、だまっていた。
 沈黙が二秒ほど。
 この沈黙がまた非日常的であった。
 
 私はいくぶん露悪的なまでに人間の性的欲求や欲求不満について追求する性質(たち)である。だから、この遭遇のさい、もし、こうした類の感情や感覚が自分の内に湧いたのだとしたら、1を1000にしてでも大袈裟に書く。だが、ごめん焼津の半治、おからの好きな素浪人にくっついてるクモが苦手なきみには、そういう感情を抱けなかったんだよ。(ごめんごめんごめん。ほんとにごめん。きみには抱けなかったなんて、エラそうに)

 私はひとえに、夏の、夏という何か特別な力を内包した季節の休暇に、一瞬しかないことの貴重さを、不意に感じて感動したんだな、きっと。

 だが、感情の詳細を的確なことばにする語彙が、まだなかった。だからN先生に提出した夏休みの日記には、こう書いた。
{○月○日。大川本屋に行ったら大川くんとばったり会った。……が、何も言わなかった。}
 わざわざ書く必要もない2行なのに、どうしても○月○日の日記には書き添えずにおれない、にもかかわらず2行以上は書けない語彙の、まだ小3の夏であった。

 フレンドにするかマーガレットにするか、いつもなら迷いに迷って買うところを、さっさと両方持ってレジに出すという「大人買い」をした夏。

 ジャングル大帝のサイフをまたハンドルにひっかけて、カゴに二冊もの週刊少女漫画を入れて私は自転車のペダルに足を乗せた。

 自転車は20インチ。
 私は背の高い子のグループにいたので、これは珍しいことだった。背の高いグループの子は、小3になるとほとんどの子が24インチに買い換えてもらっていた。私も買い換えてほしかったが、買い換えてくれと言えなかったのは、テーマが逸れるので長くは書かないが、うちは他人行儀な家庭だったのである。

 車輪カバーの部分がオレンジ、ギアカバーがクリーム色。そこにグレーハウンド犬の絵が影絵ふうに(アメリカの長距離バスの絵ふうに)描いてあった。くすんだ緑色っぽい色彩で。

 サドルを松永自転車店で高くしてもらっていたが、それでももう自転車は私の体格には小さすぎた。私は3年になると、自転車を漕ぐときはいつもサドルに尻をおろさず、腰をまげ、フォームとしては競技自転車の選手のようにしてものすごいスピードを出していた。

 あのころは田舎の町に車なんか少なかった。信号なんかいつも無視してた。好き勝手に道路をななめ横断しても、危なくなんかなかった。大川本屋の前で、タナカコマストアの前で、大阪チェーンの前で自転車をとめておくときだって、カギなんかかけたことなかった。大人の人だってそうだった。だれもカギなんかかけてなかった。カギをかけておかなくても、盗まれることなんかなかった。1960年代の田舎町では。

**** どんどん話が逸れてっちゃうが、もうすぐ公開の『20世紀少年』でも、ケンヂやオッチョやモンちゃんは夏にはランニングシャツに帽子をかぶって半ズボンでゴムぞうり(もしくは裸足に直接ズック靴)をはいて遊んでいる。あのとおりだ。男子は下着のランニングシャツを、夏には平服にしていた。

 全員ではないがホームウェア(家の中の服)が下着のシミーズなおばちゃんもよくいた。シミーズで庭のきゅうりをとったりナスをとったりしていたし、遊びに行くと、「これでも飲みぃ〜」とカルピスをお盆にのせて、シミーズ姿で運んできてくれた。シミーズを夏のホームウェアにしているおばちゃんの家の娘さん(私の同級生くらい)は、自然と、シミーズで駆け回っていた。アメモリケイコちゃんはそうだった。後年、中学では陸上部で記録を出してた。********

 こうして、カツラのCMに出ている選手のようなフォームで自転車を漕ぎ漕ぎ、私はウキウキしながら家にもどった。****なんてったっけ? あの競輪選手? えーと。名前を思い出された方は教えてください。****

 近道をしよう。
 舗装されていない細い道をダーッとスピードを出して走る。
 前方に四つ角がある。
 その四つ角を超えたら我が家の門だ。

 と。
 四つ角にだれかが立っている。
 「だれ?」
 小4まではまだ近眼ではなかった。
 「あれ、みどりちゃん」
 自転車はさらに角に近づく。
 はっきり見える。
 みどりちゃんだ。
 みどりちゃんが四つ角に立っている。
 はだしで立っている。
 はだしで、泣きそうな顔をして、クロスカウンター作戦をとる直前の矢吹くんのようにノーガードの腕にして。
 でも、右手には便所たわしをぶらりとさげている。

「?」
 キーッ。
「どうしたん?」
 私は四つ角で自転車をとめておりた。
「わーっ、どうしよう、どうしよう」
 はだしで私にかけよるみどりちゃん。便所たわしからポタポタ水がたれている。
「どうしたんて?」
「壊れてしもたん、壊れてしもたん」
「壊れた?」
「お便所が壊れてしもたん」
「お便所?」
「とまらへんの、水とまらへんの、どうしょ、どうしょ、壊れてしもた」
 いまにも泣きそうてみどりちゃんは順序だてて説明ができない。

 あとからわかったことを、さきにここに書く。
 我が家は田舎の町では珍しい洋館だった。そしてものすごくものすごくものすごくものすごくものすごく珍しい洋式便座だった。そして水洗トイレだった。

 みどりちゃんは、はりきってトイレ掃除をしようとしてくれたのである。そのとき、貯水タンクのレバーの調節フックがなにかのはずみでおかしくなったらしく、タンクの水が水があふれてきたのである。

「お便所の水がとまらへんの?」
 私は自転車を門のわきの自転車置き場にとめ、カゴに少女フレンドとマーガレットを入れたまま、トイレまで行った。みどりちゃんは便所たわしを持って、私のうしろからおろおろとついてくる。

「わあ」
 ほんとだ。水槽からどんどん水があふれ、トイレの床が水びたしになっている。ざあざあざあ。音も派手でみどりちゃんをますますパニくらせる。
「どうしょ、どうしょ」

「そやなあ、どうしたらええんやろ」
 私はなぜかいやに落ち着いていた。いったい人というものは、片方がアセると落ち着くし、片方が落ち着くとアセるものらしい。

 便座の後ろのほうに、なにか栓らしきものがある。あれをひねってみたらどうだろう。なんとなく思い、靴下を脱ぐと、私はトイレの奥に進んで……
****たかがトイレなので、奥というほどの広さではないのだが、みどりちゃんのようすが、密林や洞窟や謎の館を奥に進む主人公を「だいじょうぶ?」「だいじょうぶ?」と可憐に不安げに背後から見守る40年代ハリウッド映画の女優のようだったので、〃奥に進む〃、という気分になった。****

 私は栓をひねった。ざあという音が一瞬大きくなったので、反対の方向にひねった。
 すると、水がとまった。
「ああ〜」
 いまにも私の胸に倒れてきそうなみどりちゃんの、とりあえず安心した声。
「だいじょうぶか、ハリエット、しっかりするんだ」とでも言わなくてはならない気分になる私だった。

「水はとまったけど、お便所が使えへんやん、どうしょ」
 トイレの前の洗面所で悩むみどりちゃん。
「どもない。床から水がひいたら入れるし、水を流すのは、バケツにこっちの水道から水をとって流したらええやん」
「そうか、そうしたらええんか、すごいな」
 すごいわデービッド、というまなざしを私に向けるみどりちゃん。
 
 足をふいて、手を洗って、私たちはともかくちょっと落ち着いた。そこに父親が、いつもよりずいぶん早く帰ってきた。
 私はこの日、ものすごく非日常的に父に接した。
 大川本屋での大川くんとの遭遇につづいての非日常的気分である。
 いつもなら、父親に何かを告げたり事情を説明したりものを頼んだり……とにかく何か会話をすることは私にとって重荷というかプレッシャーであった。

 それが、この日はごくすんなりと、ただ、これこれしかじかであったと言えた。父親もふむふむそうかと聞いて、電話帳を調べて、しかるべき業者に電話をし、すぐに業者さんが来てくれたのでトイレはほどなくなおった。

 心が薔薇色めいた。
 トイレがなおったことによるものではない。
 そんなふうに、父親に話せたいっときに、夢のような気分をあじわったのである。

 つまり、みどりちゃんが自分の本当のお姉さんのような気分がしたのだ。マイケル・ジャクソンにせる変人の父と母のいる家の中で、私はどんなに弟や姉や兄や妹を望んだことだろう。自分と横並びの「味方」が欲しかった。「こども1対大人の変人2」では、いつもあまりにハンデが大きく荷が重く、本当にストレスだったのだ。

 ああ、もし、みどりちゃんがいつも家にいてくれたら。
 みどりちゃんが本当のお姉さんになってくれたらどんなにいいだろう。そしたら、もっと家の中の事態に、私はスムーズに対応してゆけるのに……!
 そう思いつつ、いっときでも、夢がかなった気分がして心が薔薇色めいたのだった。

 業者さんがなおしてくれたのでトイレもなんなく使えるようになり、そこに母親が帰ってきた。
「今日はみどりちゃんもうちで晩御飯を食べて行きいな、今日はしんどかったやろ」
 父親が言った。

 みどりちゃんは、ハプニングのショックでまだちょっとボーッとしていて、反射的に首をたてにふった。
 私は私で、夕飯どきにもみどりちゃんといっしょにいられるのがうれしくて、にこにこした。
 自転車のカゴに「少女フレンド」と「マーガレット」を入れたままにしてあるのを忘れていた。
 
 その日の夕飯のおかずは何だっただろう。
 おぼえていない。
 ただ、業者さんがトイレの故障について「強い力がかかりすぎるとどうこうなる」と説明したらしく、

 「きっとみどりちゃんがボリュームがあったさかい、強い力がかかったんやろ」
 と、父だったか母だったかが冗談で言った。
 太目な体格のことを「ボリュームがある」という婉曲な表現をしたのである。
(ボリューム……。ふうん)
 私はボリュームという外来語(?)を、この日、はじめておぼえた。

みどりちゃんは、帰りぎわになんども謝っていた。「ええて、ええて」と、いつも気難しい父が、みどりちゃんには気さくな顔を見せた。みどりちゃんという人には、そんな人徳があった。心に陰がなく、おおらかで、明るくて、ボリュームがあった。

 その日は、そうして終わった。

 つまり、少女フレンドとマーガレットは一晩、グレーハウンドの絵付きの20インチの自転車のカゴで夜を越したのである。
 

 ★つづきは明日ね★
- | 17:21 | - | trackbacks(0)
11)赤んぼ少女 (その1)
【11/赤んぼ少女/その1】
(★注/この漫画のタイトルは発表年と媒体により改題されていますが、ここでは映画化にも揃えて「赤んぼ少女」で統一することにします)

   ※※※

 vol.11、これは楳図かずお不朽の名作『赤んぼ少女』にまつわる、愚かな少女の、愚かな過ちをつづった記録である。



『赤んぼ少女』は週刊「少女フレンド」に連載されていた。同じときに『空からこんにちは』(by杉本啓子)が連載されていた。
『空からこんにちは』は終わりかけのとき、『赤んぼ少女』は佳境に突入していったあたり……だろうと想像された。
 想像された、というのは、「週フレ」については定期購読していなかったからである。

 当時の(今も?)親にはよくあったことで、私の親も、漫画全般にいい顔をしなかった。それが、病気や、旅行や、親戚の家に行ったとき、長期的な留守番、それになんといっても床屋! など、なにか非日常なときには「ふだんなら、これとこれだけ、と限定されている漫画誌以外のものも読んでOK」になる。

 そんな「幸甚なイレギュラータイム」に「週フレ」を読むわけである。週刊漫画誌なのだからほぼ連載ものである。たまに読んだのでは前後のストーリーがわからない。

 だが、そんなもん、だれが気にするものか。
 そんなもん、なにが問題か。
 少女漫画が読めるなら、どんなものでも、いま、自分の目の前にあって、ページが繰れるのなら、ごはんもいらないというくらいうれしかった。

 つづきものだから、すじが途切れている。出てくる人たちの関係性や、その回でのキーワードが何のことかわからない。
「????」
 わからない。なんのことだろう。なにを言ってるんだろう。
 ????
 頭に?がいっぱいだ。

 これがまた、ええにゃ!
「わからないわ、なんのこと? ねえ、なんのこと??」
 と、どぎまぎさせられるのが、なんともええにゃ!
 なんともわくわくして、イマジネーションがぞりぞり刺激されるのである。



 小学校3年生の夏にも、そんな「ラッキー・イレギュラータイム」が訪れた。
 このころ、「週刊・少女フレンド」60円で、「週刊・マーガレット」は70円だった。マーガレットが10円高かった。

 みーん、みんみん。
 みーん、みんみん。
 
 夏休みだった。
 8月のはじめの週だったような気がする。
 増村さんがその前だったから、そうだな、8月に入っていたはずだ……。ともかくも、小学生にすれば「永久」だと感じられる長い夏休み中であった。

 みどりちゃんが毎日、我が家にやってきて家事のてつだいをしてくれていた。
 みどりちゃんは当時、高校三年。
 当時の高校生は今の高校生より、ずっとずっと大人だった。あながち、私が子供だったから、子供の目からするとすごく大人に見えた、というだけの理由によるものではないだろう。万博前の高校生は、今よりずっとずっとずっとずっとずっと大人だった。1年ならいざしらず、♪赤い夕日が校舎を染めて〜♪な3年生は、立派に大人だった。

***ビージーズの『若葉のころ』現象ではないと、くりかえす。だって、21歳の赤木圭一郎を見てくれ。54歳の明石家さんまより大人びてないか? サザエさんは26歳なんだぞ。フネは52歳なんだぞ。秋吉久美子より年下なんだよ、フネって。
 むかしって、今より、架空キャラでさえ、人がもっと大人びていたんだよ。もとい。大人びて、じゃないな。ほんとに。大人だったんだよ***

 女子高校生のみどりちゃんがなぜ我が家の家事をてつだいに来たか?
 むかし(戦前〜1950年くらいまで)は、学校(このくらいまでは女子は中学までが多かった)卒業をひかえた娘さんが、その町(村)の名士の家に仮お手伝いさんのようなことをして住み込んで、和裁や料理や行儀&礼儀作法をおしえてもらうような風習が、あちこちにあった……(A)
 これとはまたべつに、住み込みのお手伝いさんというかたちで、実家の口減らしに出る娘さんも大勢いた(とくに戦前は)。戦後は、A+B÷2、みたいなかんじの娘さんもふえていた。……(B)

 これが1950年以降になるとぐちゃぐちゃになって、とくに名家でも旧家でもない私の家であるのに、たまたまうちの親が何ケースかの縁談を世話して、みなうまくまとまったことが噂になって、年頃の娘さんが、夏休みや春休みだけ、ちょっとした家事や鍵っ子の私の見張りに来てくれていた一時期ができたのである。その一時期というのが、「週・少女フレンド」が60円、「週・マーガレット」が70円の時期である。

 私の年齢にすると、小2から小4の、わずか二年間だけである。しかもほんの二週間や十日ほどだけ、家に出入りしただけである。それでも、これは「ビージーズの〃若葉のころ〃効果」により、それぞれのお姉さん(女子高校生)とは、それぞれ1年か2年くらいつきあった「感じ」として今も記憶に残ってしまっている。

 みどりちゃんは我が家に住み込んで(下宿して)いたわけではない。学校が夏休みだから、10時ごろにピンポーンとやってきて、3時ごろに帰る。やけに早く9時ごろきて7時ごろまでいた日もあったし、昼過ぎに来て、2時にはさっさと帰ることもあった。

 みどりちゃんの前は、増村さんが来てくれていた。
 増村さんとみどりちゃんは「同じクラス」なのだと、これは増村さんから聞いた。

 増村さんは、おかっぱで、色が白くて、目の細い、ものしずかな女の人だった。小学生の私が「増村さん」としか呼べなかったところからして、ものしずかさがわかるというものだろう?

 私は増村さんが好きだった。当時の漫画には、「主人公の女の子は、うんと年の離れたお姉さんと二人暮らし」という設定がよくあって、そんなふうな環境にあこがれていたから、絵の上手な、静かに上品にしゃべる増村さんが、仕事で親がいない家を訪れ、私といっしょに遊んでくれたりすると、自分が「少女漫画のヒロインになったよう」な気分になったものである。
 増村さんは、よくノースリーブのAラインのワンピースを着てた。そして、「これは自分で作ったのよ」と言っていた。

 増村さんは縁談が早々にまとまったので、夏の後半はみどりちゃんにバトンタッチしたのである。
 みどりちゃんは、なんという名字だったのだろう?
 増村さんのことは「増村さん」と呼んでいたのに、みどりちゃんのことは「みどりちゃん」だった。

 この呼称差で、みどりちゃんのキャラがわからないか?
 北方系の増村さんとは反対のタイプ。地黒で、目が大きくて、睫毛がばっこんとして眉が濃い南方系の顔だちをして、声が大きく、笑い声も大きかった。三つ編みをお下げにしてた。

 みどりちゃんのことも、私は増村さんと同じくらい好きだった。いったい人みしりのはげしいこどもであったのに、増村さんとみどりちゃん、それに「キシワダの人」、この三人は大好きだった。

***キシワダの人=は名字が思い出せないんだ。中学生の時点で、両親に尋ねたが、「知らん、そんな人、いはったか?」とおぼえておらず、謎が解けないまま現在にいたっている。「私の生まれた村はキシワダというところよ」というひとことが印象的に過ぎて、名字や名前を忘れてしまったのである。キシワダはもちろん、だんじり祭りのあの岸和田ではない。山奥の村。中学生のときから現在にいたるまで、もういちど会いたいと、どんなに願ったことか…。彼女にピアノをおそわる時間、絵をおそわる時間、算数ドリルをみてもらう時間、それはえもしれずたのしい、静寂なひとときだった。「学ぶ」ということのたのしさを彼女はいつも教えてくれた。

 増村さん、みどりちゃん、キシワダの人の三人が大好きで、そのあと、ハヤシさんと九重さんは好きだった。その次は……と、ほかにもいたが、話がそれすぎるので割愛。***

         
 みどりちゃんは家に来ると、「今日は掃除をする」とはりきりだした。お下げの三つ編みの頭に手拭いを姉さんかぶりにし、エプロンをして、バケツやはたきやぞうきんや塵取りの掃除用具一式を玄関にそろえた。
「いっしょにしょうよ」と言うから、私もガラス拭きや階段のぞうきんがけをした。

 暑い季節のことである。一段落すると汗びっしょりになった。
「あー、しんど。ちょっと休んで、漫画でも読もか。フレンドかマーガレットか買うてきて」
 みどりちゃんはそう言いながら、サイフをとりだす。
「うわー、ラッキー!」
 小躍りする私。
「いくらや?」
「少女フレンドは60円、マーガレットは70円」
 答える私。

 このとき、こう答えたことを「夏休みの日記」にちゃんとつけている。それをN先生に提出した。

「そんなら、これで両方買うてきて」
「うわー、ラッキー!!」
 フレンドとマーガレットを奢ってもらえるとは、正月と盆がいっしょに来たようなものではないか。

                ★来週につづく★
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いつまでも少女=たまみ?
いつまでも少女のような……で思い出した。

『日経ヘルス・プルミエ』8月号に秋吉久美子が出ていた。いつまでも少女のような秋吉久美子。
 週刊少女フレンドの定価が50円だったころを知っている私の世代では、女子のあこがれといえば、「秋吉久美子&桃井かおり&原田美枝子」の御三家。

 私もほかのクラスメイト同様、このお三人にはあこがれましたともさ。
 秋吉久美子の写真は切り抜いてファイルして、いまでも持ってるよ。
 彼女の映画もほとんど見たなあ。

 なので『プルミエ』の記事は熟読してしまいましたのですが……。
 はてはて?

 素朴な疑問が………。
 なんで大学院に入学できるの?
 大学院って、高校卒業して、大学とばして、入学できるもんなの????
 

気になってニュース記事を調べてみた。キーワードは「秋吉久美子」「早稲田大学大学院政治経済学部」。

「論文で入学が許可された」と発表されている。

ここで、また、私の目は釘付けになった。
あっちこっちのニュースの記事文が、秋吉久美子の論文について「2万字もの論文を書いて入学を許可され云々」と表現している。

 うーむ。
 2万字っていうのが、いやはやなんとも……。
 世代的な感覚でしょうか、論文の量をワード数で表記するってのに、はげしく違和感をおぼえるのですが……。

 論文や原稿は、400字詰め原稿用紙で換算する、というのがふつうという感覚の世代なもので、どうもこの2万ワードっていうのが、どうもその、なんとも……。

 しかも、2万字もの論文って……。
 たった50枚なんですが……。
 たった50枚論文書くだけで、大学とばして大学院に入学できるとは知りませんでした。

 こういう教育システムにいつからか変更したのでしょうか?
 もし全国8人の方のなかに教育制度についてお詳しい方がいらしたら教えてください。連絡先はここをスクロールして名前をクリックすると出ています。

(*「赤んぼ少女」の正式な更新が遅れそうなので、ほんとにただのよもやま話でお茶を濁しております(-o-)y-°°°

 *全国8人=編集者3名より、「いつも読んでるわ」というおしらせを、ありがたくもいただいたので、奇特な5名+業界の3人=8人。あとの奇特な5名は、お顔もお住まいになっている県も存じあげませんが、いつもアクセスありがとうございます。)
 
- | 19:26 | - | trackbacks(0)
10)謹啓 楳図かずお先生
楳図かずお2
「楳図かずお『ミイラ先生』より」
楳図かずお3
「楳図かずお『ミイラ先生』より」
楳図かずお4
「楳図かずお『ミイラ先生』より」

【謹啓 楳図かずお先生】

 楳図先生。
 いきなりですが、私は楳図先生が大好きです。

 日本漫画史上に輝く軌跡を残してこられた楳図先生に手紙を出すとなれば、それ相応の礼儀作法を遵守して書かんとし、書いては破り、書いては破り……。書けぬまま机にうつ伏してしまいました。
  大好き、大好き、という気持ちにせかされて、ペンが指からすべってしまって書けなくなるのです。

 ですので、もはやこのさい、不作法を承知で、まずは告白いたしますこと、何卒お許しください。

 楳図先生、私は楳図先生の漫画が大好きです。

 正直に……というより、「より正確に」申しますなら、〜〜〜略〜〜〜〜〜〜〜〜

 先生のトランプ、今でも持っています。
 さつきとカンナの「なかよしブック」、今でも持っています。
 どうぞどうぞ、いつまでもお元気でいらしてください。
 
・・・・・(注)楳図かずお編はまた設けます
〜〜〜略〜〜〜〜

★★公開期間が過ぎましたので、一部抜粋でアップ★★
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