
『みにくい人』by楳図かずお先生
【11/赤んぼ少女/その2】
vol.11、これは楳図かずお不朽の名作『赤んぼ少女』にまつわる、愚かな少女の、愚かな過ちをつづった記録の、(その2)である。
※※※
みどりちゃんから渡された200円を赤いサイフに入れて、自転車に吊り下げて、私は大川本屋に向かった。
文庫を横半分にしたタテ×ヨコ×幅。これをもうひとまわり小さくしたくらいの大きさのサイフ。
赤地にライオンの父と息子の絵が描いてある。パンジャとレオ。がま口式のサイフ。裏側はライヤ(レオのGF)。
ハンドバッグよろしく細い鎖がついていた。
本体がサイフなのだから、鎖はハンドバッグのような長さはない。本体に見合った長さになる。鎖に手を通そうとするとかなり苦しい。ややもすると通せたはいいが抜けなくなる。小2のときはそのスリルがけっこうたのしかったが、小3になると、通すのはやめた。この時期のこどもの体位はグングン変化する。
だから鎖は自転車のハンドルにひっかける。ハンドルについたベルのでっぱりを利用してひっかけると滑り落ちない。
ジャングル大帝のサイフをひっさげて、大川本屋に到着。
「あ」
私は立ち止まった。
「あ」
向こうも立ち止まった。
3年1組の同級男子にばったり出会ったのである。
大川まさお。
本屋と同じ名字だが親戚ではない。
背の順にならぶと前から3番目くらいの男子なので、日ごろ、接触がない。
***なんだか小学生のころって、「背の順」で分けられて行動することが多くありませんでしたか?***
大川くんは前髪を長くして、それをツヤつけて横分けにしている男子だった。二歳上にお兄さんがいたからだ。上に兄や姉のいる子っていうのは、なにやらカッコだけマセたりする。
目鼻だちの整った男子であったが、私は彼を見るといつもだれかを思い出した。「だれやったやろ?」。だれだったろうと考えるがわからない。
はまえりこの絵と岡山カツコちゃんの相似に、ずいぶんあとになって気づいたように、大川くんが似ている相手が、高校生になってやっとわかった。
答え。品川隆二。焼津の半次=おからの好きな素浪人花山大吉の弟分。初代ボンカレー。
***沖田総司を演っているのを高校生のときに知って、品川隆二本人にしてみればたいへん失礼ながら憤慨したことがある。世代的に沖田総司=木原敏江の沖田総司=草苅正雄だったもので……*******
目鼻だちが整っているのに、どこかチンピラというか、アロハシャツを着てる感じというか、そんな顔だちの男子、3の1の品川隆二にばったり会ったとき、私は、はげしくドキッとした。
不意に初代ボンカレーに恋心がめざめたわけではない。
非日常を感じたのである。
(ハッ☆ いつも教室の前のほうの席にいる背の低い男子が本屋にいる。それも静かに立っている)
この遭遇は非日常で、まさに夏で、夏休みで、水をまいた大川本屋のコンクリの床の、ほこりが水分を吸った匂いが、「平日の昼過ぎに本屋にいる」のだとつくづく知らしめた。
この《非日常さ》にはげしくドキッとした私は、「あれー、大川くんやん」とか「なんや、来てたん、こんにちわー」とかといった《日常的な》挨拶をすることを、ころっと忘れた。
忘れてだまった。
相手も忘れたらしく、だまっていた。
沈黙が二秒ほど。
この沈黙がまた非日常的であった。
私はいくぶん露悪的なまでに人間の性的欲求や欲求不満について追求する性質(たち)である。だから、この遭遇のさい、もし、こうした類の感情や感覚が自分の内に湧いたのだとしたら、1を1000にしてでも大袈裟に書く。だが、ごめん焼津の半治、おからの好きな素浪人にくっついてるクモが苦手なきみには、そういう感情を抱けなかったんだよ。(ごめんごめんごめん。ほんとにごめん。きみには抱けなかったなんて、エラそうに)
私はひとえに、夏の、夏という何か特別な力を内包した季節の休暇に、一瞬しかないことの貴重さを、不意に感じて感動したんだな、きっと。
だが、感情の詳細を的確なことばにする語彙が、まだなかった。だからN先生に提出した夏休みの日記には、こう書いた。
{○月○日。大川本屋に行ったら大川くんとばったり会った。……が、何も言わなかった。}
わざわざ書く必要もない2行なのに、どうしても○月○日の日記には書き添えずにおれない、にもかかわらず2行以上は書けない語彙の、まだ小3の夏であった。
フレンドにするかマーガレットにするか、いつもなら迷いに迷って買うところを、さっさと両方持ってレジに出すという「大人買い」をした夏。
ジャングル大帝のサイフをまたハンドルにひっかけて、カゴに二冊もの週刊少女漫画を入れて私は自転車のペダルに足を乗せた。
自転車は20インチ。
私は背の高い子のグループにいたので、これは珍しいことだった。背の高いグループの子は、小3になるとほとんどの子が24インチに買い換えてもらっていた。私も買い換えてほしかったが、買い換えてくれと言えなかったのは、テーマが逸れるので長くは書かないが、うちは他人行儀な家庭だったのである。
車輪カバーの部分がオレンジ、ギアカバーがクリーム色。そこにグレーハウンド犬の絵が影絵ふうに(アメリカの長距離バスの絵ふうに)描いてあった。くすんだ緑色っぽい色彩で。
サドルを松永自転車店で高くしてもらっていたが、それでももう自転車は私の体格には小さすぎた。私は3年になると、自転車を漕ぐときはいつもサドルに尻をおろさず、腰をまげ、フォームとしては競技自転車の選手のようにしてものすごいスピードを出していた。
あのころは田舎の町に車なんか少なかった。信号なんかいつも無視してた。好き勝手に道路をななめ横断しても、危なくなんかなかった。大川本屋の前で、タナカコマストアの前で、大阪チェーンの前で自転車をとめておくときだって、カギなんかかけたことなかった。大人の人だってそうだった。だれもカギなんかかけてなかった。カギをかけておかなくても、盗まれることなんかなかった。1960年代の田舎町では。
**** どんどん話が逸れてっちゃうが、もうすぐ公開の『20世紀少年』でも、ケンヂやオッチョやモンちゃんは夏にはランニングシャツに帽子をかぶって半ズボンでゴムぞうり(もしくは裸足に直接ズック靴)をはいて遊んでいる。あのとおりだ。男子は下着のランニングシャツを、夏には平服にしていた。
全員ではないがホームウェア(家の中の服)が下着のシミーズなおばちゃんもよくいた。シミーズで庭のきゅうりをとったりナスをとったりしていたし、遊びに行くと、「これでも飲みぃ〜」とカルピスをお盆にのせて、シミーズ姿で運んできてくれた。シミーズを夏のホームウェアにしているおばちゃんの家の娘さん(私の同級生くらい)は、自然と、シミーズで駆け回っていた。アメモリケイコちゃんはそうだった。後年、中学では陸上部で記録を出してた。********
こうして、カツラのCMに出ている選手のようなフォームで自転車を漕ぎ漕ぎ、私はウキウキしながら家にもどった。****なんてったっけ? あの競輪選手? えーと。名前を思い出された方は教えてください。****
近道をしよう。
舗装されていない細い道をダーッとスピードを出して走る。
前方に四つ角がある。
その四つ角を超えたら我が家の門だ。
と。
四つ角にだれかが立っている。
「だれ?」
小4まではまだ近眼ではなかった。
「あれ、みどりちゃん」
自転車はさらに角に近づく。
はっきり見える。
みどりちゃんだ。
みどりちゃんが四つ角に立っている。
はだしで立っている。
はだしで、泣きそうな顔をして、クロスカウンター作戦をとる直前の矢吹くんのようにノーガードの腕にして。
でも、右手には便所たわしをぶらりとさげている。
「?」
キーッ。
「どうしたん?」
私は四つ角で自転車をとめておりた。
「わーっ、どうしよう、どうしよう」
はだしで私にかけよるみどりちゃん。便所たわしからポタポタ水がたれている。
「どうしたんて?」
「壊れてしもたん、壊れてしもたん」
「壊れた?」
「お便所が壊れてしもたん」
「お便所?」
「とまらへんの、水とまらへんの、どうしょ、どうしょ、壊れてしもた」
いまにも泣きそうてみどりちゃんは順序だてて説明ができない。
あとからわかったことを、さきにここに書く。
我が家は田舎の町では珍しい洋館だった。そしてものすごくものすごくものすごくものすごくものすごく珍しい洋式便座だった。そして水洗トイレだった。
みどりちゃんは、はりきってトイレ掃除をしようとしてくれたのである。そのとき、貯水タンクのレバーの調節フックがなにかのはずみでおかしくなったらしく、タンクの水が水があふれてきたのである。
「お便所の水がとまらへんの?」
私は自転車を門のわきの自転車置き場にとめ、カゴに少女フレンドとマーガレットを入れたまま、トイレまで行った。みどりちゃんは便所たわしを持って、私のうしろからおろおろとついてくる。
「わあ」
ほんとだ。水槽からどんどん水があふれ、トイレの床が水びたしになっている。ざあざあざあ。音も派手でみどりちゃんをますますパニくらせる。
「どうしょ、どうしょ」
「そやなあ、どうしたらええんやろ」
私はなぜかいやに落ち着いていた。いったい人というものは、片方がアセると落ち着くし、片方が落ち着くとアセるものらしい。
便座の後ろのほうに、なにか栓らしきものがある。あれをひねってみたらどうだろう。なんとなく思い、靴下を脱ぐと、私はトイレの奥に進んで……
****たかがトイレなので、奥というほどの広さではないのだが、みどりちゃんのようすが、密林や洞窟や謎の館を奥に進む主人公を「だいじょうぶ?」「だいじょうぶ?」と可憐に不安げに背後から見守る40年代ハリウッド映画の女優のようだったので、〃奥に進む〃、という気分になった。****
私は栓をひねった。ざあという音が一瞬大きくなったので、反対の方向にひねった。
すると、水がとまった。
「ああ〜」
いまにも私の胸に倒れてきそうなみどりちゃんの、とりあえず安心した声。
「だいじょうぶか、ハリエット、しっかりするんだ」とでも言わなくてはならない気分になる私だった。
「水はとまったけど、お便所が使えへんやん、どうしょ」
トイレの前の洗面所で悩むみどりちゃん。
「どもない。床から水がひいたら入れるし、水を流すのは、バケツにこっちの水道から水をとって流したらええやん」
「そうか、そうしたらええんか、すごいな」
すごいわデービッド、というまなざしを私に向けるみどりちゃん。
足をふいて、手を洗って、私たちはともかくちょっと落ち着いた。そこに父親が、いつもよりずいぶん早く帰ってきた。
私はこの日、ものすごく非日常的に父に接した。
大川本屋での大川くんとの遭遇につづいての非日常的気分である。
いつもなら、父親に何かを告げたり事情を説明したりものを頼んだり……とにかく何か会話をすることは私にとって重荷というかプレッシャーであった。
それが、この日はごくすんなりと、ただ、これこれしかじかであったと言えた。父親もふむふむそうかと聞いて、電話帳を調べて、しかるべき業者に電話をし、すぐに業者さんが来てくれたのでトイレはほどなくなおった。
心が薔薇色めいた。
トイレがなおったことによるものではない。
そんなふうに、父親に話せたいっときに、夢のような気分をあじわったのである。
つまり、みどりちゃんが自分の本当のお姉さんのような気分がしたのだ。マイケル・ジャクソンにせる変人の父と母のいる家の中で、私はどんなに弟や姉や兄や妹を望んだことだろう。自分と横並びの「味方」が欲しかった。「こども1対大人の変人2」では、いつもあまりにハンデが大きく荷が重く、本当にストレスだったのだ。
ああ、もし、みどりちゃんがいつも家にいてくれたら。
みどりちゃんが本当のお姉さんになってくれたらどんなにいいだろう。そしたら、もっと家の中の事態に、私はスムーズに対応してゆけるのに……!
そう思いつつ、いっときでも、夢がかなった気分がして心が薔薇色めいたのだった。
業者さんがなおしてくれたのでトイレもなんなく使えるようになり、そこに母親が帰ってきた。
「今日はみどりちゃんもうちで晩御飯を食べて行きいな、今日はしんどかったやろ」
父親が言った。
みどりちゃんは、ハプニングのショックでまだちょっとボーッとしていて、反射的に首をたてにふった。
私は私で、夕飯どきにもみどりちゃんといっしょにいられるのがうれしくて、にこにこした。
自転車のカゴに「少女フレンド」と「マーガレット」を入れたままにしてあるのを忘れていた。
その日の夕飯のおかずは何だっただろう。
おぼえていない。
ただ、業者さんがトイレの故障について「強い力がかかりすぎるとどうこうなる」と説明したらしく、
「きっとみどりちゃんがボリュームがあったさかい、強い力がかかったんやろ」
と、父だったか母だったかが冗談で言った。
太目な体格のことを「ボリュームがある」という婉曲な表現をしたのである。
(ボリューム……。ふうん)
私はボリュームという外来語(?)を、この日、はじめておぼえた。
みどりちゃんは、帰りぎわになんども謝っていた。「ええて、ええて」と、いつも気難しい父が、みどりちゃんには気さくな顔を見せた。みどりちゃんという人には、そんな人徳があった。心に陰がなく、おおらかで、明るくて、ボリュームがあった。
その日は、そうして終わった。
つまり、少女フレンドとマーガレットは一晩、グレーハウンドの絵付きの20インチの自転車のカゴで夜を越したのである。
★つづきは明日ね★