姫野カオルコ周辺ブログ…運営&宣伝=KOGA工房

★小説家。嘉兵衛は雅号。「嘉兵衛」で「かおるこ」と読む。
 
ちょっと前のもの
 
わたなべまさこ先生、最高! / イライザ、ネリー、イサドラ、ベッキー、いじわるな娘がいてこそドラマはおもしろいのですが、、続きはhttp://only5.himenoshiki.com/
text by 姫野カオルコ(ネリーやイライザでここに来た方はご存じないと思うので、他の方が紹介してくださっているサイトをご案内しておきます→姫野カオルコを検索する )

さて、↓をクリックすると、ネリーの現在(2018年)が出てきます。
オルソン夫人の娘のネリー。
雑貨屋で、金髪でタテロールにした髪を、サテンのリボン(青が多かったかな)で結んでいた彼女です
https://www.nbcnews.com/think/opinion/playing-nellie-oleson-little-house-taught-me-why-you-should-ncna919696

このネリーはママ(オルソン夫人)とペアでローラにいじわるするんですが、
この二人の傍には つねに「いさめ役」の旦那さん(ネリーのパパ、雑貨店の店主)
がいたので、
そうそう「いじわるのかぎりを尽くす」
ということはできなかった。

放映していたのがNHKだけあって、
NHK的ないじわるの範囲
にとどまっていました。
菊池寛の「納豆」みたいに、修身の教科書的ないじわるでした。
これが大映だったら、もうちょっとエグいいじわる娘をやってくれただろう。

それでもネリーは「大草原の小さな家」をおもしろくしてくれました。
私はいつも「大草原の小さな家」を見るときは
ローラはどうでもよくて
ネリーの青い目とたてロールの金髪と
あのサテンのリボンの光沢に目が釘付けでした。

みんな、そうだよね?
ちがう?
ネリーの鼻は、ライオン型の鼻梁で、
これがボーイッシュなのに、
目はガーリーな、ぱっちりした青い目。
プラすマイナスがうまくできてて、とてもチャーミングでした。

この鼻は、「マイ・ライフ・アズ・ア・ドッグ」の女の子の
鼻、あとは梅宮アンナの鼻もこれかな。

美人という設定だけど、デッサン的には、「美人というよりはかわいいタイプ」
という顔だちだと思う。

なので、よけいに
「いじわるのかぎりを尽くす」
には、迫力がかける。

そこいくと
やはり!
90歳を超えても連載を開始された
奇跡のわたなべまさこ先生の手にかかったいじわる役は

しびれにしびれる
もう、なんとかして
北朝鮮の太った書記長の妹で、いま「ドMホイホイ」と異名をとる人
よりも、きょうれついじわる美女にしたてあげられます。

ああ!
わたなべまさこ先生、最高!
わたなべ先生の描く、いじわる女は、もうネリーなんか、
もしかしたら、サッカレーのベッキー(虚栄の市)も負けるかもってくらい
魅力的 。世界一です。

古くはピンキーピンカム、そしてクィーンはなんといってもイサドラ・モーガン!
ストラスフォード城のっとり女。

なにがすごいって
わたなべまさこ先生の描く金髪を見たら、マゾッホももだえたのではないかってくらい
魅力的なこと!

そこいくと
「キャンディ・キャンディ」(まんなかのハートが表記できず)
のイライザさんは
いまいち、「たんなるいじわる役」に配置されていて
魅力という点では、やはり、キャンディに負けてるんで、

そこが「いじわる娘ベスト」をやると、知名度があるからベスト10入りするかもしれないけど
私としては、
「キャンディ・キャンディ」という漫画の出来とは別に、
いじわる娘に特化した場合、ハズレるなあ。


里中満智子先生の描くいじわる娘も
里中先生が基本的にまじめで前向きな方なのか
ジトジト、ジメジメではなく
「過失としてのいじわる」
「できごころとしてのあやまち」
「つい、カッとして」
であることが多い。

やはり、わたなべまさこ先生の
だれかがまねしようとしても、どうしても出ない、あの、
ジットリとした
「エロさの輝くいじわる娘」には、ダイナマイト級のおもしろさがある。

ああ、まさこ先生、最高だ!
大好き大好き!
どうかお元気でいつまでも!



「結婚は人生の墓場か?」と「ああ正妻」は内容がちがうのですか?−−続きはhttp://only5.himenoshiki.com/ 
(質問)
集英社文庫『結婚は人生の墓場か?』(姫野カオルコ)は
集英社『ああ正妻』の文庫化ではないのですか?
内容はちがうのですか?

(回答/著者・姫野カオルコ)
ちがいます。
結婚は人生の墓場か?』は、巻末に『ああ正妻』を改題改稿したものとあります。
が、作業としては書き下ろしに近いです。

既婚男性に取材を重ねましたのです。
また、単行本は、『小説すばる』に連載していったものを基礎にしているので、
どうしても短編集っぽいでした。

文庫『結婚は人生の墓場か?』は長篇です。
同じエピソードは出てくるのですが、
それは前のデータを利用したものではありません。
(データは削除してしまったので)。

エピソードとして同じものは出てきますが
構成がちがっています。
一冊としてまとまっているので主題も読み手が掴みやすくなっています。

集英社文庫『結婚は人生の墓場か?』
Michel Polnareff happy birthday ! 〜Himeno Kaoruko https://himenoshiki.com/english/eindex.html
dear Michel Polnareff happy birthday !!
I truly wish for your health and good fortune.

--la '(ex)fille' qui reve de toi
Himeno Kaoruko au japon

ファンクラブの皆様へ」という曲がミッシェル・ポルナレフの歌にあります。↑は『ポルナレフ革命』から(どなたかが)動画アップなさったものです。
原題は「僕にあこがれている少女」です。「彼女たちは、自分の不幸も忘れてぼくのために泣く」という歌詞のくだりが、10代の少女の胸のせつなさをいやます結果となります。にくいみうらな歌詞です。
(by姫野 ) 藤井7段をすごいという前に、私など、藤井7段をすごいと言う人がすごくて、我が身の頭の悪さに絶望する 続きはhttp://only5.himenoshiki.com/
藤井7段の対局を見て、感心できるなんて、すごい。
将棋も囲碁もダイヤゲームだって、私はできない。
オセロだってあやしいものだ。 
あそびでボードゲームができる頭もない私は、藤井7段をすごいと言う人がすごいと思う。
最近は、ボードゲームどころか、本を読んでいても、頭が疲れてしようがない。
年齢のせいか、漢字もだんだんわからなくなってきた。
「あれ、この漢字、こう読んだんでよかったんだっけ?」と自分に自信がなくなり、いちいち辞書を引いてしまい、1ページ読むのに1日かかってしまう。
なにか食べ物を作っても、「こんなの、おいしいのかな。自分でおいしいと思ってるだけなんだろうな。」と思われ、私の作るものなどより、カップ麺のほうがきっと多数決したらおいしいという人は多いのだろうと思われ、作る気力がなくなって カップ麺を食べて、藤井7段をすごいという人はすごいなあと 感心するのである。


https://www.sankei.com/life/news/200628/lif2006280024-n1.html

〜姫野カオルコ
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- | 10:40 | - | -
by姫野) 桃井かおりが以前、ある俳優と共演すると蕁麻疹が出ると--続きはhttp://only5.himenoshiki.com/

蕁麻疹が出た。
Aさん(編集者)の顔を思い出したら。
むかし、桃井かおりがインタビューで「かおりはね、××さんが大嫌いで、共演するとぜったい蕁麻疹が出るの」と言っているのを読んだことがあり、そんなことがあるのか、と思っていたが、ほんとにこんなことがあるのだった。

Aさんには、これまでの15年間で6回、手紙を書いた。
Aさんと会ったあと、わけのわからない気分の暗さに陥ったからである。
15年間で10回ほど会ったから、Aさんと会うとその半分は、こういう気分になってきたことになるが、会うとこういう気分になるようになったのは2000年以降である。

ということは2000年以降は、Aさんと会うたびに「いやな気分になる」という状態になっている。
ところが、Aさんの会社の人に聞くと、「いつにもましてごきげんでしたよ」と言う。
短小で早漏の男が、拙い技術のセックスをして、3往復くらいで射精して、そのあと「どうだい、よかっただろ」と自信満々で悦にいっている状態が、よく「いやな男」として漫画に描かれているが、この漫画そっくりなのが、、Aさんと会ったときの気分である。

Aさんの顔はあぶらっぽいので(彼と向き合うときにはサングラスが必要なほどギガーッと光っていて、よーじ屋のあぶらとり紙など1ダースが5分でなくなるくらい)、よけいに自信満々に悦に行っている図、というかんじになる。

Aさんと会うと、それは会食ではなく、Aさんがぐびぐび酒を飲んでものを食べて、べらべらべらべらべらべらべらしゃべってオワリの席となる。
メニューは自分ひとりだけで見て、同席者になにがいいかを訊きもしない。すべて自分が好きなものだけを選んで、同席者にとりわけさせて、自分で食べて、ひとりだけでワインを飲む。(ほかの人は酒を飲んでいなくても)

べらべらべらべら一人でしゃべっても、まだその話が、ちゃんと話になっていれば、(たとえ、おもしろくなくても)、まだ、「ふうん」と聞けるが、Aさんの話は、すべてがパッチワークで、どういう話なのか、話になっておらず、パッ、パッと、頭の記憶の断片を怒鳴っているだけなので、まったくわけがわからない。
「しーなさんの、ポルトガルのダンス。こないだすごく羊の大きいのがいて。アルゼンチンタンゴをやってる60歳くらいのおばあさんがいる。熱くて最近、寝つけないよね。だから車に乗るときは、もう売ろうかと思ってるんだよ。赤ん坊が煙草を吸ってるニュースを見た」
こういう具合である。
(は?????)
聞いているほうは、まったくわからない。

そこで、ひとしきり待って、ほかの人に話を向けようとして、なにかひとつAさんのことばからとっかかりを見つけ、
「××さんは、ポルトガルに旅行されたことがあるんですか?」
と聞く。(××さんにふる)

と、もう、ここで、Aさんが話を遮断して、
「おれはさ、飛行機に乗るならどうのうこうのああのこうの、ベーラベラベラベーラベラベラ」
またAさんが大きな声で、自分の記憶の「断片」を出す。
(なんのこと???)
話にまとまりがまったくないので、聞いているほうは、意味がまったくわからない。

こんなことが、もう何年もつづいている。
会うたびにこうである。

私は次の作品の話をじっくりしたいし、次の作品の話でなければ、創作において迷っていること、悩んでいることなど、編集者とは「話をしたい」と思っている。編集者が酒を飲んでべーらべらべらとしゃべるのをながめているのではなく。

まったく自分が話のできなかった会食のあと、思い悩んで、手紙を書くわけである。
こういうことが打ち合わせしたかったのだと。

しかし、こんなことが6月8日にも、またあって、7回目の手紙を書いた。
返事がきたのだが、まるでちんぷんかんぷん。

私が書いた手紙を、おそらくAさんは、10文字くらいしか読まなかったのだ。
おそらく彼は人の話が聞けないのだろう。
手紙も10文字以上は集中して読めないものと思われる。ツイッターですら彼には無理だ。

もしくは、ほかの人の話は聞くが、私の話は聞けないのだろう。
人は、自分より数段下に見ている相手(たとえば小さい子供とか)の話を聞かないものだ。

手紙の返事は「ぼくはそんなに飲んでいなかったと思います。自分の言ったことはぜんぶおぼえています」というもの。

8日、私は烏龍茶を飲んでいた。
彼は店につくなり、生ビール中ジョッキ3杯、白ワインハーフボトル一本(一人で)を飲み、そのあとフルボトルの赤ワインを(一人で)飲んだ。
打ち合わせをする酒量ではないと思うが、私がクエーカー教徒的な感覚にすぎるのだろうか?

「自分の言ったことはぜんぶおぼえています」と彼は手紙に書いているが、では訊きたい。
「なら、私の言ったこと、おぼえていますか?」と。

聞けばいいじゃんと思われますか?
聞けません。
聞いても、10字以上、読まないんだよ。「なら、私の言ったこと、おぼ」で、もう手紙はほっぽりだされるだけなんだということが、つくづくわかったから。


「Aさんて、調子のいい人、っていうのが俺の印象。調子のいいだけの人っていうか。あの人のことばにはなんの真実もなくて、ただ、その場、その場で、調子いいこといってるだけだから嫌いだ」
という作家の人が多かった。
そのたび、私は、Aさんはあれで小心なところがあって、それがそういうふうに出るんじゃないのかな、いい人だよと、弁護してきたのであるが、なんと無駄なことをしてきたのだろうと、さすがに思うに至った。

「おれとかBさんやcさんは姫野さんにちゃんとこういうこといえるけど、××なんて、なんにも言えないよ。おれとかBさんやCさんの話が聞けるってありがたいことだよ」みたいなことを、会うたびに言うAさん。

Bさんやcさんって、もう20年近く会っていない人である(他社の編集者で、文芸部署でなくなったために会う機会がなくなった)。
しかも、Bさんとcさんは、「姫野さんはAさんのそばにいないほうがよかったのかもしれない。Aさんの売り出し方が、姫野さんの作品を世の中の人に誤解を与えたようなところがあると思う」とアドバイスしてくれた人である。

もう走れません、と言って自殺したマラソン選手がおられたが、その苦しさに比べれば、たいしたことない苦しさだけど、もう否定できません、と心のうちを吐き出したい。
Aさんの顔を思い出しただけで、蕁麻疹がでるくらい、私はAさんの言動が不快です。Aさんに会うと、創作のひらめきというかインスピレーションといか、「あっ、きた、きた」って、あのカンジが一気に吹き消されます。

はやい話、「会うと書けなくなる編集者」、それがAさんです。
私のダメージはAさんの言ったことではなく、なんだか、自分が長い年月を不意にしてきた感に襲われたものである。とりかえしのつかないことをしたのではないかというダメージ。



★2010・7・2ブログ再録★
- | 09:08 | - | -
(by姫野 )『岬の兄妹』、見応えは『・・・』の10倍 続きはhttp://only5.himenoshiki.com/
『岬の兄妹』が送られていたことに、今ごろ気づきました。
すみません。すみません。
すごくバタパタしてたときに送られてきて、ほかのものとごっちゃになっていました。
すみません。

見ました。
最近見た映画の中では、『麦秋』と競る見応え。

『麦秋』(小津)とはぜんぜん内容ちがいますし(ほんとにちがいますし、『岬の兄妹』をごらんになった型は、「は?なんで『麦秋』と較べるの?」でしょうけど、たまたま、最近は、個人的に「小津映画見直しウィーク」にしてたもので。。。)

作られた年代も、ぜんぜんちがうのですが、重いテーマなのに、ところどころに なんともしれない風がそよいでゆき、貧困を扱った映画なら、近年、話題になった『・・・』より10倍見応えがありました。

うんこのシーンは、ふだんなら、『シコ・・・』で竹・・人を下痢症に設定しているところなどが大嫌いでちっともおもしろくないと怒るのですが、この映画ではうんこのシーンが本当によかった。

いや、うんこをネタにして、こんなに痛快に展開させた映画がほかにあっただろうかとさえ、思います。

あ、いけない、これだけ書くと、この映画がまるでうんこをテーマにした映画みたいに思われしてまいますね。

いいなおそう。

ほんの ささいなところに、ちょっとだけ うんこが出てくるんですが、
そんなささいなところに、かすかにかすかに救われるところがあり痛快だった、と言いたいのだった。

姫野カオルコ(小説家 ……漫画家ではありません)
http://kogawebfactory.o.oo7.jp/prof.html
 
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(by 姫野) マスクさえしればよい、という誤解がかえって危険なような 続きはhttp://only5.himenoshiki.com/   
マスクして(鼻は出して)、公衆トイレ入って、手を洗わないおっさんが多いそうだ。
女トイレでも、飾りもののついたネイルの人などは、手をほんの指先をチョチョイッと濡らすだけの人がよくいる。

マスク、マスク、なんでもマスク、マスクとウルサいために、「マスクさえしてればいいんだ」という誤解も広まってないか?

まずは水だけでも、爪の間、指の間、手首、手の甲、ネールしてる人はついている飾りのすみずみ、まで、よく洗うのを、もっと広めたほうがいいんじゃないか。

「書く字にその人の心根が表れるというが トイレから出て手の洗い方に その人のすべてがあらわれる、ああゼンメルワイスよ、ああゼンメルワイスよ 」
これを声に出して朗読すると、30秒なので、朗読して洗ってください。しっかり。

トイレでおしっこしながらスマホしてる人、スマホも汚い、手も汚い、用足ししてから手も洗わず、どこへ行くのかと見ていると厨房に入っていった 。男女共用のトイレの飲食店にて見た光景。
ああ、ゼンメルワイスよ。

〜姫野カオルコ(小説家 なので漫画は描けませんhttps://prizesworld.com/naoki/jugun/jugun150HK.htm )

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日経新聞、6月13日、随想、姫野カオルコ、 著者紹介(幻冬舎→)http://kogawebfactory.o.oo7.jp/prof.html
姫野カオルコ(小説家)
過去にメディアに出たプロフィール↓
https://himenoshiki.com/himefile/prof.htm
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手袋、かえってウィルスまきちらしている 続きはhttp://only5.himenoshiki.com/
ジムのカウンターや、スーパーのレジで、スタッフが手袋をしているのをよくみかけますが、かえって「ウィルスまきちらす危険が高い」とのニュース。
自分が手袋をすることも危険が高くなることの記事は↓
https://news.yahoo.co.jp/articles/22a65a843b907f56e98973d48c322870269828bf
ニュース | 09:06 | - | -
by姫野、ミッシェル・ポルナレフ現在のインスタグラムライブ、日本の多くの人が誤解しているようですが彼はずっと前線で活躍しています----続きはhttp://only5.himenoshiki.com/
ミッシェル・ポルナレフのことを「あの人は今」みたいに思っている日本人がとても多いのてすが、68年から現在に至るまで、ずっと現役で前線で活躍しています。
日本に情報が入ってこなかった時期があるだけです。

以下は、2020年に4月18日にInstagramを介し行われたミッシェル・ポルナレフとMagali Berdahさんとのライブチャットの様子です。
ファンクラブのに会員さんからおしらせを受けました。
「カナダ在住のKikiさんが、YouTubeにアップされたものです。画面にポルナレフが登場してから日本語字幕が付きます。」
とのことです。
https://youtu.be/WjcoXUwxelc


「あの人は今」みたいなままでポルナレフのことをイメージしている多くの日本人には、「こんなに歳をとったのか。そうか75歳(約)だもんな」としか思われないかもしれません。
それはあなた、もし、あなたがずーっと高校の同窓会に行ってなくて、高校卒業以来はじめて、どこかで高校時代の同級生に会ったら、その人には、あなたも、そう見えてますからね。

そういえば、私は、ポルナレフがしゃべるのを、こんなにアップで長く見たのは、初めてです。
来日公演のときは、ステージなんか豆つぶだし、
日本のテレビに出演したときも、ちょっとしゃべるところがうつって、ほとんどはピアノ演奏だったので。
むかしのフランスのテレビに出演しているやつでも、そんなかんじだし。

こんなふうに、目の前にいるように、ポルナレフがしゃべっているのを見るのは初めてですね。

〜姫野カオルコHIMENO KAORUKO