元女子高校生が新幹線で和泉元彌と会った話・3
【元女子高校生が和泉元彌に会った話・3鉛筆姫野カオルコ】

《2からのつづき》
 6月23日(火曜)。
 2からつづいて……、
 そんなわけで新幹線ひかり号で、石井美樹子さんの『エリザベス』を読んでいたのだが、なにせ本が重いので、途中でストレッチをした。
 
 そのときと、向かいの席の一人がたったのとが同時だった。それまで私に背を向けていた人と私の顔が合った。
(あっ、節子さん……)
 節子というのは、東村アキコさんの『ひまわりっ!』で「節子、おそろしい子」と『ガラスの仮面』のパロディのセリフを言われるおかっぱの女ではなくて、セッチーでおなじみの節子さんである。当然、私が、次に思ったことはこうだ。
(ということは、私の前にいるサングラスの人は和泉元彌なのか)
 礼儀作法からすると、和泉元彌さんなのか、なのだろうが、有名人の場合は公共性の高さから呼び捨てにすることあしからず。

 私は和泉元彌について『ほんとに〃いい〃と思ってる?(角川文庫)』のp123で言及している。が、だからといって話しかけるのもへんだし、話しかけられても迷惑だろうから、私は『エリザベス』を読み続けた。

読み続けていくと彼女(エリザベス)は「背の高い男性にはコロッとまいってしまう」人だったと書いてあって、小田原市の内藤伸治さん(『もう私のことはわからないのだけれど』日経BP刊)に、教えてあげるべきかどうかまよったが、言わないでおこうと思ったりした。内藤さん、きっとがっかりするだろうから。「なんだ、エリザベスも石橋みたいな男に弱いのか」と。

 そうこうするうち岐阜羽島に着きますよというアナウンスが流れた。私の前の席とななめ前の席の人たちがおりる支度をはじめた。そして列車がとまる寸前、和泉元彌は私のほうをふりむいて、サングラスをはずし、
「席、どうもすみませんでした」
と、またお詫びをしてくださって、おりてゆかれた。

『ほんとに〃いい〃と思ってる?(角川文庫)』p123に私が書いたことはやはり正しかった。お美しかった。エリザベス一世の好みではないかもしれないけど、ロバート・ダドリー伯爵より和泉元彌のほうが整った顔だと私は思う。神風も吹くよ。(注/北条時宗時代の元寇にたとえている)

〈ある日、新幹線に乗ったら自分の席に和泉元彌がすわっていた〉というようなことは、人生でそうそうあることではない。
 この日、私がもしカラオケに行ったとしたら、うたう歌はユーミンだったことだろう。なんというタイトルか忘れたが、♪こんな日にかぎって安物のサンダルをはいてて〜♪とかって歌詞の歌があったよね。♪こんな日にかぎって、墓掃除の靴とジャージを着てて〜♪

 今日、ふと気になって、和泉元彌で検索したらブログをやっていた。6月23日のブログには新幹線車内での写真が……。でも帰りの新幹線だわ。岐阜羽島での御用はなんだったのかしら……。四人+赤ちゃんで鵜飼見物じゃないですよね。狂言公演だったのでしょうか。                           


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元女子高校生が新幹線で痴漢に遭わなかった話2
【元女子高校生が車内で痴漢に遭わなかった話2 鉛筆姫野カオルコ】

6月23日(火曜)。
 例によって新幹線に乗った。今日はひかり号。そして今日はグリーン車だ(新幹線会員なのでポイントがたまるとグリーン券がもらえる)。
(えーと、9−n(座席番号)、9−nと……)
 通路を歩いて9−nに着いた。
 だが私の席にはサングラスの男性がすわっていた。
(あれ?)
 まちがえたかと思って、私は手元のチケットの数字と座席プレートを見比べた。
「あっ、ここですか?」
 サングラスの男性が言った。
「あ、そうですが……、いいですいいです、すいてるから」
 見れば、通路をはさんだ席にお連れさんがすわっている。

 私は乗務員さんが来たらその旨言うから、べつに席は9−nでなくてかまわないと言い、後ろの席にすわった。グリーン車なのだ。すいているのだ。

「すみません」
 サングラスの男性はふりむいて言う。
「いえいえ、私のほうこそお食事中に……。どうぞお召し上がりになってください」
 ぜんぜんかまわない、というアクションを手をふってしながら、私が思ったことはこうだ。
(なんて鼻の高い人だろう)
 感心する私に、通路をはさんだ席のお連れさん二人が軽く会釈をする。その席は回転させて向かい合わせになっていたので、お連れさん二人の女性は私のほうを向いていた。

 そしてベビーバギーが前にあり、もう一人お連れさんがいる。その人は私には背を向ける位置にいる。

 私はこの日、とても汚いかっこうをしていた。
 新幹線に乗って母親を見舞に行くのだが、その前に父親の墓に行って掃除と草むしりをしないとならない。その墓は、それはそれはさびしいところにあり、父亡きあと、墓に行ってほかの客(?)と出会ったことが一度もない。六月なので雨の季節。たとえ当日降っていなくても、前日に降っていたりするから、地面がぐちょぐちょなことが多い。田舎の強靱な蚊がブンブン飛んでいる。

そこで一人きりで草をむしり、ごしごしとタワシで墓石をみがき、花をいけて線香をあげると、すべての作業を終えたときには腕や首や顔は蚊にさされたあとがあちこちにでき、服も靴も泥だらけになる。

 だから持っているジャージの中でも一番古い汚い掃除用のやつを着て、靴ももう捨てる寸前のぼろぼろのスニーカーを履いていた。日傘をさして墓掃除はできないので、田植えのおばさんのような帽子をかぶるしかない。
 
 こういういでたちは新幹線特有の揺れの中にいても疲れにくいから助かるというメリットもあるのである。私は重い本を読み始めた。中央公論から出たばかりの『エリザベス』(石井美樹子・著)。すごくぶあつくて重い。45字×20行で字組も細かい。

 私の最近のブームはエリザベスとヴィクトリアとカトリーヌ・ド・メジチである。エリザベスは、エリザベスが好きというよりメアリー・スチュワートが嫌いなので「私がエリザベスの味方をしてあげないといけない」という気になるのである。私の感覚では、メアリー・スチュワートと和泉式部はいっしょのとこにグループわけされている。文科系の偉いオヤジに好かれる女の人。

同じメアリーでもメアリー女王(ブラッディメアリー)のほうは、私が味方してあげないといけない、という気になる。和泉式部とメアリー・スチュワートはべつに私が応援しなくったって、世界中の偉いオヤジがほめちぎってくれるのだから、やはり私はメアリー・スチュワート・スコトッランド女王よりエリザベス一世を、ダイアナ妃よりカミラ・パーカー・ボールズの味方になってあげないといけないのである。 

☆☆明日につづく☆☆   

*****ヨーロッパ史ものは、出てくる人の名前がみんな、シャルル(カール、チャールズ)、アンリ(ヘンリー)、ジョージ、エドワード、キャサリン(カトリーヌ)、メアリー、アン、エリザベス(エリザベト)なので混乱しますね*****
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元女子高校生が電車で痴漢に遭わなかった話
元女子高校生が電車で痴漢に遭わなかった話鉛筆姫野カオルコ

6月23日(火曜)
元女子高校生は新幹線に乗っていた。
その日の日記は明日に公開するとして、↑のようなタイトルをつけるとアクセス数がガッとあがるのは、バカなキカイが「元女子高校生」の「元」を抜いた部分や、「痴漢に遭わなかった」の「わなかった」を抜いた部分をひっかけてきて、それにひっかかったシンプルな人が「ウヘヘ」とアクセスしてくるからである。

おほほ、残念でした、せっかくアクセスしてきてもエッチなパンティ写真なんかないぴょん……と、ほら、こう書いとくとまた「エッチ」と「パンティ」にひっかかって数字があがるんですよ。おいしいと眼鏡が落ちるんですよ。オームラコンッと。

アクセス数がアップするのはおもしろいですが、しかし、おかげでやれやれ┐('〜`;)┌なサイトからトラックバック要請が来て、まったくやれやれ┐('〜`;)┌ですよ。こないだ、スーパーの野菜売り場に「きゅうり夫人」という商標のきゅうりが売ってたって話を書いたら、人妻との出会い系サイトがトラックバックしたがっていた……。ハイッ、ではここで村上春樹さんに登場していただきましょう、さっ、どうぞ。村上春樹「やれやれと、ぼくは思った」。ありがとうございましたー。



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もう私のことはわからないのだけれど/姫野カオルコ
『もう私のことはわからないのだけれど』姫野カオルコ
【家族について思う本】新刊のおしらせ/日経BP

 現在「介護」という語は狭い意味に響く傾向にありますが、『もう私のことはわからないのだけれど』は介護体験記では全くありません。家族や家や血縁について、明るい気持ちばかりを抱いているわけではない人の思いをつづった散文詩的な掌編小説です。

 以前、『ドールハウス(空に住む飛行機)』という小説を出しましたが、そのとき「こんな親がいるわけない」と言ってきた人がいました。
その人は住所も名前も明かさずにそう言ってきたので、どこのどなたで何歳くらいの人なのか、いまだにわかりません。もし「あなたが一番会いたい人は?」みたいな質問を受けたら、迷いなくリストに入れる人です。私からすれば、その人が、『ドールハウス(空に住む飛行機)』に描かれた親のように思えるからです。

 私はTBSラジオの「安住紳一郎の日曜天国」というのをたのしみにきいているのですが、先週は「父さんのおもしろい思い出」という特集でした。そのなかで、
「ぼくの家では日曜は家族で遅寝して、それから遅い朝食をみんなで食べることになってました。その朝食には必ずゆで卵がついて、それを父さんのおでこで、ピシャッと割るのが恒例でした。ゆで卵を持って、〃父さん〃と呼ぶ。〃はいよ〃と父さんがおでこを突き出す。そしてピシャッと。
 日曜の日課だったのですが、そのうちに思春期になった姉がいやがるようになり、姉だけしなくなりました。父はそれをとてもさびしがっていました。その姉が今は結婚してときどき家に帰ってきます。こないだ久しぶりにゆで卵を食べるとき、〃お父さん〃とよびかけ、父のおでこで割っていました。父はとてもうれしそうでした」

 という投書を安住アナが読み上げました。とてもほほえましいエピソードです。でも、私はこの投書を、柴崎コウの『世界の中心で愛を叫ぶ』の推薦コメントのように「泣きながら一気に読みました(聞きました)」。世の中にはこんなフィクションのような家もあるんだ、と。

 私のように思った人は、ぜったいに私だけではない。私は確信しています。益田ミリさんの漫画をSFのように感じて、トニオ・クレーゲルが少女をみつめるように遠くから羨望と切なさに泣きながら読む人も、日本のあちこちにいるはずです。ぜったいにいるはずです。お父さんに「いやだあ、お父さんたら……」などという話し方ができた人ばかりが日本に住んでいるわけではないはずです。

 そういう人がもどかしくつぶやいたなら、こんなふうになるだろう。そういう掌編小説です。
 日経bpへの電話=0120−21−0546(6時〜22時)
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マイケルとファラ・フォーセットが死んだ
マイケル・ジャクソン=1958年8月29日生れ
ヒメノ・カオルコ=  1958年8月27日生れ
マドンナ=      1958年8月16日生れ
ヒグチ・カナコ=   1958年12月13日生れ
サクラダ・ジュンコ= 1958年4月14日生れ
モリ・マサコ=    1958年10月13日生れ
イワサキ・ヒロミ=  1958年11月12日生れ
ハラダ・ミエコ=   1958年12月26日生れ
マーク・レスター=  1958年7月11日生れ

こんなわけで、私はマイケル・ジャクソンと同年同月の生れで、その次に近いのはマドンナで、次がマーク・レスターで、この三人にはなんともしれない親愛の情を感じていた。

とくにマイケル・ジャクソンとは僅か2日しかちがわず、同じ乙女座で、なんともしれないものを感じていた。同じ1958年の8月の約10日前にマドンナ、2日後にマイケル・ジャクソンのいる私は、この二人とまったく年収がちがうことも、なんともしれぬ運命の大きさをかんじていた。

そしてファラ・フォーセット・メジャーズ……。ファラ・フォーセットが正しいのだろうが、私の世代ならやはり彼女はFFMとして刻まれている。(メジャーズってのは、600万ドルの男。この人の奥さんだった)

ファラ・フォーセット・メジャーズは1958年生れではなく、私とマイケル・ジャクソンとマドンナと中3トリオと樋口可南子と原田美枝子とひとまわり上であるが、だからこそ「かくあるべきセクシーな女性」であった。あの当時。

あの当時とは、私たち(マイケル・ジャクソンとマドンナと中3トリオと樋口可南子と原田美枝子と岩崎宏美とマーク・レスターなど)が「ヤングまっただなか」だった当時という意味だ。
私もファラ・フォーセット・メジャーズのファンだったという意味ではなくて、あの時代、彼女は「そういう存在だったことを知っている」という世代だ。
竹の子族が原宿で踊ってたころ、「セクシーでかっこいい女性の代名詞といえばファラ・フォーセット・メジャーズ」だったんだよ。

マイケル・ジャクソンが死んで、同じ日にファラ・フォーセット・メジャーズが死んで、これで私はなんだか、ほんとに肌身・骨身から「若い時期を過ぎた」と思う。

「ある愛の詩」で白血病で死にゆくアリー・マックグロウをみとっていたライアン・オニール。中学生の私はあの映画にちっともピンと来なくて、チータンの「愛のラブレターコーナー」の曲としか思えなかったけれど、自分の出世映画のように妻を看取ることになるなんて、ライアン・オニールはまさかあのころ想像しなかっただろうに。胸が痛む。

二人ともよぼよぼになってしわくちゃになって、「あーあ、ファラもむかしはセクシーでイケてる女の代名詞だったのにねえ」とか「あーあ、マイケルもむかしはそりゃあダンスがうまかったのに、もう腰がまがっちゃってねえ」とか、悪口を言われてほしかった。
それくらい長生きして、「たのしい青春だったわよん」「充実した青春ぢゃったよ」とえびす顔のおばあちゃんとおじいちゃんになってほしかった。

しわくちゃでも、よぼよぼでも、笑顔で年取ってほしかった。
スーパースターでなくても、みんな、みんな、そうであってほしい。
しわができてしみができて、よたよたしてても、たのしいおじじとおばばになって、生きてる幸せを感じてほしい。

- | 11:14 | - | trackbacks(0)
NHK「スタジオ102」
便箋元女子高校生のスカートめくりの思い出 
鉛筆そうだ、これから「元女子高校生作家」という肩書にしてもらおうと思いついた姫野カオルコ

元女子高校生の私は毎朝、ケータイのアラームにセットした曲で起きます。
NHKサイトに行ってダウンロードしてきた曲です。
なんでしょう?
「スタジオ102」のオープニング曲だよん( ̄^ ̄)

と、( ̄^ ̄)いばったところでヤングなみなさんの胸はちっとも締めつけられないでしょうが、おじさまの胸はしめつけてさしあげられるわ、きっと。
スタジオ102……かつては朝といえばこれでしたよね。
司会は丸顔の野村泰治(泰二だっけ?)さん。

ハレンチ学園の永井豪先生が呼ばれて大勢の人から「つるしあげ」みたいにされたのも「スタジオ102」でした。
永井先生のハレンチ学園は、今見るとまるでひとふでがきみたいな、おっぱいとおしりと、半ズボンみたいなパンティでしかないのですが、あのころ、
なんとハレンチ学園はハレンチだったことか!
ハレンチ学園を読んでオナニーする少女の赤裸々な姿の詳細は『サイケ』(集英社文庫)に克明に綴られています。
ぜひお買い求めしてやってください。もっと胸をしめつけます。ほかの部分も締めつけてもらうことをご希望される場合は、元がつかない肩書のヤングレディのところに行ってね。元女子高校生作家は胸しめつけるのが専門なんで、では。
- | 08:03 | - | trackbacks(0)
作家の雑誌の撮影
【作家の雑誌の撮影 鉛筆姫野カオルコ】

テレビ局などマスコミでは、人材がジャンルによって分類されています。
政治家枠・芸能人枠・スポーツ選手枠・文化人枠などです。
小説家の私は文化人枠に入ります。

テレビやラジオや雑誌に出ることを、よく「表に出る」というような言い方をします。
小説家の場合、「表に出る」をするのはめったにありません。
よく表に出る小説家もいらっしゃいますが、ごく小数です。
表に出るのが向いている人(性格的に、あるいは外見的に)は、表に出たほうがいいと思います。
私の場合は表に出ないようにしたほうがいいので、そうしています。
しかし、たまには出ます。本を出したときなどに、タイミングよく表への出演依頼があった場合は。
しかしタイミングが必ずよいわけではないですから人生は……。

この数年は体調が悪かったので、タイミングがよいときでも表に出ません(出られません)でした。

さて、この表に出るときですが、たとえば雑誌でインタビューを受けることになった場合……。
芸能人枠の方にはヘアメイクがつきます。スタイリストもつきます。撮影者も指定できたりします。さらに出来上がった写真を自分でチェックして選べたりします。

文化人枠の場合、こうしたものはいっさいつきませんし、できません(なかにはついて、できる人もおられるのかもしれませんが、1人か2人でしょう)。

先日、ある女性雑誌で私は取材を受けました。
場所はその女性雑誌を出している出版社の中の会議室でした。
そこに16時に、ということでした。

私の住まいからそこまで、ドアからドアで、だいたい1時間かかります。
ですから15時に家を出ました。

14時45分まで仕事をしていました。
その日は起きてすぐ原稿を書いて、それから昼ごはんを食べて、またちょっと書いてました。14時45分になって、「もう行かなくては遅刻する」と思ったので、あわてて支度をしました。

なにを支度するか。
シャワーをサッと浴びる。これは書いている原稿から頭を切り換えるためです。シャワーは頭からかぶります。

風呂場から出て、頭や顔や体を拭く。
顔にオルビス・クリアジェルを塗る。
ハンティとブラジャーとTシャツとソックスとジャージのズポンをはいて、ジャージの上を着る。まったくのすっぴんです。眉も描きません。撮影に向いた化粧というのができないからです(できる技術が自分にないからです)。

これで15分です。
そして家を出て電車(地下鉄など)に乗って改札を出る。
その日は暑いでした。
改札からその出版社まで道を歩いているうち、だらだら汗が出てきました。
ハンカチでごしごし拭きます。

そして16時ぴったりに「はじめまして」と挨拶をしました。
そしてカメラマンはすぐパチパチと撮影します。
こんなふうに現場にやってきて、自分の顔や髪を鏡で見る時間もなく、撮影されるわけです。

芸能人枠の方は、生まれついて美しいのに、さらに整形もしてさらに顔を整え、そこにヘアメイクがついて、そのうえスタイリストがすてきな服や靴を用意して、顔みしりのカメラマンに撮影してもらうのに、もともと美しくなく生まれついたものが、顔を洗っただけで汗だくになってハンカチで顔をごしごし拭きながらやってきて、髪をチェックさえせずに撮られるのですから、ものすごいハンデです。でもこれがふつうの(慣例の)文化人枠の人の雑誌の撮影なのです。



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憧れの高見エミリー
【あこがれの高見エミリーちゃんら歴代の表紙モデルたち (1) 鉛筆姫野カオルコ】

高見エミリーは『少女フレンド』。
今井淳子は『マーガレット』
私が二誌をよく読んでいたころ、二人は少女のあこがれで理想像だった。

高見エミリーは鳩山邦夫の奥さんに。
今井淳子は大橋巨泉の奥さんに……なったと聞いたけど本当ですか?
「アアッ、ラベンダーの匂い……」と倒れていた『タイム・トラベラー』(NHK少年ドラマ)の、今井淳子さんでしたよね?

「大橋巨泉はジャズ評論家としてマスコミに出始めた。それには歌手のマーサ三宅の尽力があった。でもどんどん売れてきたらマーサ三宅を捨てて、若い今井淳子と結婚したんだよ」……と私より10歳上の(それくらいの世代の)友人から聞いたんですけど、ウラとってません。本当ですか?御存知でしたらおしえてください。

大橋巨泉とのことはさておき、高見エミリーがマーガレットで、今井淳子が少女フレンド、のようなカンジがしませんか?なんとなく。

高見エミリーは写真物語にも出てたな。
写真読み物っていうジャンルが、むかし、あったんですよ。
ユーモア小説に、挿絵ならず挿写真がついてるやつ。
『なかよし』では「おてんば新幹線」というのがあって上原ゆかりと春野チック・タックがやってて、そのあと「台風娘がやってきた」になった。
これの主演(?)が高見エミリー。

これはテレビドラマ化されて、主演はもちろん高見エミリーがしたんだ。その後、エミリーちゃんは風邪薬のCMに出ました。「ジキニン」って薬。「風邪、じきに治って」とにっこりするもの。

エミリーちゃんといえば、肩にふれるくらいの長さのおかっぱで、前髪はたらして、外巻きカールで、そして、カチューシャとかヘアバンドをいつもしてるんだよね。りぼんをチョウチョ結びにしてることもよくあった。
これがなんというか「1960年代の日本の少女があこがれた白いベッドに寝ているお嬢さん」のファッションだった。

こういうお嬢さんは、自分のお部屋に、白いベッドと、そのわきにルームスタンド(自分の身長くらいの)があって、白いドレッサーがあって、窓ぎわに勉強机があって、勉強机の上にはレーシーなかんじのシェードのあるスタンドがおいてあるの。(レーシーなかんじのシェードのあるスタンド……って表現、わかりませんよね、図にしておきます)

飼ってる犬はコリーか白いスピッツ。でもピアノのレッスンに行くときの鞄には黒いプードルのアップリケがついているの。おでかけの洋服はワンピースにバックルのあるエナメルの靴。

そしてお父さんとお母さんのことを「パパ」「ママ」と呼ぶんだよ!
それがなに? って思うあなたはあのころを知らない。
まだ日本に「謙譲」とか「つつしみ」とか「きれいな心がもっとも価値のあることだと人々が信仰していた美徳」が残っていた時代を知らない。
そんなヤングなあなたにはわからないかもしれないですが、あのころ、父母を「パパ」「ママ」と呼ぶような家庭は、「ブルジョワ」と呼ばれた。

ブルジョワといってもフランス語のブルジョワではなく、あくまでも日本化したブルジョワ。

そんなお嬢さんの体現が高見エミリーちゃんだった。今井淳子ちゃんは高見エミリーちゃんとクラスが同じだけど、ちょっとちがうタイプ……ってキャラどころにポジショニングしていた。
小林真央ちゃんをニュースで見るたび、顔が似てるわけではないんだけど、かつての、あのころの、今井淳子ちゃんのキャラどころを思い出す。

鳩山邦夫は家庭教師をしていてエミリーちゃんと結婚したと言っていた。結婚したときは「ジキニン」でエミリーちゃんに「じきに治って」と言ってもらいたがった世の中の男性がおおいにくやしがったものだ。

さて。
ぜんぜんちがう話ですが、鳩山由起夫と邦夫のおばあさんってカオルコっていうんだよね。ハイカラな建築様式の鳩山邸は現在公開されていて、カオルコばあさんの部屋っていうのを、私も見学しましたよ。

スタンド
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