姫野カオルコ周辺ブログ…運営&宣伝=KOGA工房

★小説家。嘉兵衛は雅号。「嘉兵衛」で「かおるこ」と読む。
 
ちょっと前のもの
 
目黒区の勉様、忍びの滋賀、おはがきありがとうございました (fm 姫野カオルコ)
『忍びの滋賀』へのエールはがきを、「101−8001小学館 小学館新書編集部 『忍びの滋賀』担当編集者様気付 姫野カオルコ様」で、いただきました。
目黒区の、U勉様(男性・1953年・京都市生れ)から。

姫野カオルコ様
当方は出身…(中略)… 『忍びの滋賀』、興味深く拝読させて頂きました。京都市民には…(中略)……2、3代さかのぼると滋賀出身の近江商人がかなりいるので…(中略)…、
御著書のp187に、宇治茶についての記述がありますが、実は事態はさらに悪化しています。
「宇治茶」の定義は、京都茶業会議所という業界団体が定めています。
2004年までは、宇治茶とは「京都府下で生産された茶葉を京都府内の業者が京都府内で仕上げ加工したもの」でした。
ところが、2004年からは「京都、滋賀、奈良、三重」の4府県で生産された茶葉を京都府内の業者が京都府内で仕上げて加工したもの」とされています。
要するに滋賀県で生産された茶も京都の業者が仕上げ加工すれば自動的に「宇治茶」となるのです。
このように全国の消費者をあざむき、3県の農家をおとしめているのが………(略)…悪徳業者に筆誅をくだしていただければ幸いです。


勉様、拙著をお買い求めいただき、お読みいただき、ありがとうございました。
お茶も、うなぎと同じですね…。
中国でつかまえて、ちょっと静岡(など)の生け簀で仮住まい(?)させて、「国産」として売る…。
そうしたほうが買う人にとっては「みりょく的」になるのでしょうね…。

買う人に自由に判断してもらって、そのかわり、「正確な事実」を表記してほしいですね。
買う人のほうも、もう、「実質を求める」時代になっているだろうに。

〜姫野カオルコ(2020・1・20)

返信 | 08:42 | - | -
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返信 | 10:00 | - | -
蕨市のA.A様(A.K様? H.A様? H.K様) 朝日新聞への寄稿にお手紙ありがとうございました 〜姫野カオルコ
埼玉県蕨市のA.A様(もしくはA.K様? H.A様? H.k様? とお読みするのでしょうか)
御朝日新聞日曜版「be」のリレー連載「作家の口福」へのお手紙をありがとうございました。
「いただく」についての回は、「このコーナー始まって以来のメールと電話と手紙です」と担当記者さんも驚かれるほどの反響でした。
翌週の「箸の持ち方」についての回にも、たくさん読者からの声が寄せられました。

その大半は、A様と同意見だったのですが、なかにお一人だけ、「『いただく』というのは食べ物に感謝するいいことばなのに、なぜ否定するのですか」という方がおられました。
「きっと、小学校高学年か中学生なのでしょう。まだ、日本語の文法の、尊敬語と謙譲語の差について教わっていないので、文意がまったく理解できなかったのでしょう」
と、編集部でも、彼女の誤読を、むしろ、ほほえましく受け取っていました。


2019年の夏に『何が「いただく」ぢゃ!』というエッセイ集をプレジデント社から出しました。
これには、A様が読んでくださったこのエッセイが収録されており、この回のタイトルを総タイトルとしたものです。
朝日新聞での反響が大きかったことと、プレジデント社内でも、このタイトルが「わかりやすい」と判断されたためです。

ところが!
出てみると、
『何が「いただく」ぢゃ!』
というタイトルを、
「いただきます、と食事前に言うのはおかしい」
「いただきます、と言うのはスカしていると怒っている人のエッセイ」
と受け取る人が、けっこうな数いることがわかり、驚愕しました……

「なんで、〃いただきます〃って言ってはいけないの? なんでそんなふうに斜に構えるの?」
と、直接の知人(58歳)からも質問され、
絶句しました……。


食べ物をありがたく「いただく」。その感謝の気持ちはをあらわすことばとしての「いただく」。
そのとおりです。
「わたくしはもう、夕飯をいただきました」もきれいなことばづかいです。
「お隣からこんなに柿をたくさんいただいたのよ」も。

だからこそ、

「今日は、お昼にひつまぶしを〃いただいてみた〃」
「あそこの角に出来たばかりのフレンチレストランで、ランチを〃いただいたことあるの?〃」
「向こうの部屋で記入用紙をいただいてきてください」

という用い方がおかしい、と私は言いたいのですが、まったくまったくまったくまったく通じないのです。


ことばづかいというものは難しい。
私など、ものすごく恥ずかしいまちがいを、日々おかしています。
ですから、他人がまちがわれると、「自分も教えてもらった」という気になります。
たとえば、なにかの大きな式典などで、
「今日、司会をすることになりましたアベです。わたしなどでは〃役不足〃で、いたらぬ点がありましょうが、どうか、お許しください」
などと挨拶される方がいらっしゃっても(〃力不足〃と言うべきところをまちがえられても)、

「私もやりそうだ。こんな大勢の人を前にしてステージでマイク持ってしゃべるなんて、アガってしまって、声もふるえてしまうもん…」
と思うのです。

言葉づかいがまちがっていること、まちがえたことに、「何が〜ぢゃ!」と抗議しているのではないのです。

なぜか「いただく」という語についてのみ、 大勢の人が、〃意気軒昂に誤用〃していることが気になるのです。


……と、A様のような方に〃檄を飛ばす〃タイトルだったはずが、まさか、ここまで、現代の日本人が「いただく」を誤用しているとは……。
これでは〃檄を飛ばす〃も、伝わらないかも……。

A様におかれましては、よいお年をお迎えください。
返信 | 11:04 | - | -
ジュリー、ショーケン、オックス、モマル・マヌー、愛知県北名古屋市沖村のS.Yさん、吉森みきをのコピー、ありがとうございました! fm姫野
愛知県北名古屋市沖村のS.Yさんから、吉森みきをの『なぜなGSがいけないの!?』(週刊マーガレット 1968年連載)のコピーを、クリスマスプレゼントにいただきました。
こんな貴重なものを……わなわな……
S.Yさん、ありがとうございます m(_"_)m

このブログを見ていて下さる皆様にも、おすそわけしますよ。

吉森みきをの『なぜなGSがいけないの!?』なら、検索したら、画像は見られると思うんです。
ここはひとつ、1968年の「セプンティーン」12月17日号のおしらせを紹介します。

まず「セブンティーン」は週刊で、キャッチフレーズは「10代のための夢の週刊誌」
定価70円。

特別読み物
(1)オックスがファンといっしょに座談会。「どうして失神しちゃうの」と赤松愛クンがファンに質問
(★姫野注…失神が売り(?)だったのは、キーボードの赤松愛ちゃんのほうでは? よって、ここは、赤松愛クン「に」ファン「が」質問、ではないだろうか?)

(2)ジュリーとショーケンはどちらが優等生? めんばー、つき人、ディレクターが、二人を採点すれば?


トップGSカラー・ピンナップ特集
(ジュリー、ショーケン、愛、上だ、マヌー)

フォーリーブス会津若松の旅


新連載まんが /あこがれ /木内千鶴子
恋と友情をめぐって悩むふたりの少女の心を描く、木内千鶴子先生のの連載まんがが始まります。


木内先生…お元気なのかな…。

そして!、吉森みきをの漫画のp61に、「別冊マーガレット」が「うりだし中」(発売中のことね)と宣伝が入っているのですが、
すごい誤植というか、ミスを発見!!

あっ、長くなったので、明日にするね。
返信 | 19:12 | - | -
(姫野カオルコtw. )小栗旬の石田三成の長浜
 小栗旬さんの石田三成、好演でしたね(NHK大河『天地人』)。
石田三成といえば長浜です。連休で京都方面に行かれている方、最終日の帰りにはぜひ長浜にお越しください。小栗旬の像が駅前でお出迎えいたします。石田三成像お茶を秀吉にさしだしてるのが小栗旬(石田三成)です。
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大津市の事故現場を写したグーグル・ストリートビュー画像にネットが騒然…園児らが寄り添う姿
大津市の事故現場を写したグーグル・ストリートビュー画像にネットが騒然…園児らが寄り添う姿

園児も保育士さんにも問題なく、車二台もスピードを出しておらず、周囲の見通しはよく……なのに、なんでこんなことに…

(姫野)
返信 | 08:49 | - | -
(姫野カオルコtw.)平成の終わりというより、ようやく昭和が終わるように感じられる
平成が終わるというより、これでようやく昭和に幕がおりたという感じがしてならない。平成は、「章が変わった」というより「1行アケ」みたいな感じが、どこかにずっとあった。

高校のとき、剣道部の森修子さん(仮)が、「どうしよう。私ら、明治生まれみたいになってしまう」と心配していたのを思い出す。「明治生まれ、て、ものすご、おじいさんおばあさんていうかんじするやんか。そやけど、今の皇太子さんが天皇さんにならはったら、大正時代みたいになると思うねん。そやから、私らすぐに、明治生まれみたいな人になってしまう、どうしょ」と言っていた。

修子さんは、歯の下左5番に金色の詰め物治療をしていたので、大きな声をだしたり笑ったりすると、きらと金色に光った。上記の心配は、もちろん笑いながらのものであったので、平成が終わる日には、修子さんのことを金色の光とともに思い出すのである。

小学校や中学校では、私は彼女のようなタイプに会わなかった。地域的に。高校では、ときどきみかけた。勉強もスポーツもできる、というタイプは、小学校にも中学校にもいたが、そういう人は、勉強もスポーツも家にかかわることもクラスでの社交も、なにか顕在で、その人間を、他人が見るときに可視化しているどのジャンルにおいても、そうであることは顕在であってあたりまえだった。中学までは。

でも、高校に入って、他人に可視化している部分が、どれも問題のないことが、すんなりしている人というのが、ずいぶんいることを知らされた。

学年の男子も、他学年の男子も、他校の男子も、わざわざ「見学」にきたくらい、かわいかった宮×直×さん(水沢アキをもっと美人にして、ほっそりしたような)は、勉強もできて広島大学に受かったのに、滋賀大に進んだ(当時は国立一期と、二期が別試験日だった)。「女の子だから、自宅から通えるところでないとだめだ」とお父さんが反対したときいた。そういう時代だったから、女の子が東京に行くには、村人がなっとくしてくれるような道徳的な理由(信仰だとか、先生になるために教育学部に入るだとか)がないとだめだった。

そういう時代、とはなにも戦争前ではなく、修子ちゃんが心配していたのが笑えるような、そんなつい昭和の終わりのことなのである。

返信 | 09:08 | - | -
(姫野カオルコtw.)梨木香歩、野洲川、浮気(ふけ)かいほつ(開発)村
浮気(ふけ)という地名※が県内にあり、高校のとき、浮気(うき)くんという男子生徒がいた私は、滋賀県出身であるが、滋賀県に住んでいたころは、県内を自由に動き回れなかった。高校生以下だと、車もバイクものりまわせず、お金もないから、家と学校を往復するのが関の山だ。

梨木香歩さんが、「ちくま」2019・3月号(癸毅沓供砲亡鵑擦織┘奪札ぁ壁と双眼鏡、膝掛け毛布・連載45)に、野洲川について書いている。
「そうなんだー、へえ、そうなんだー」と感心する、野洲川の開発(かいほつ)にふれられていて、風景をHB鉛筆でスケッチしたような文章もさわやかである。


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返信 | 10:53 | - | -
(姫野嘉兵衛カオルコtw. )池ポンは幼稚園で一番有名な女子だった
池ポンは幼稚園で一番有名な女子だった。女子で池ポンを知らないものはいなかった。もっとも池ポンというのは、小学校以降の愛称で、幼稚園のころは「カナちゃん」だった。「ああ、カナちゃんやろ」と、みんな知っていた。

なぜかというと、ヘアスタイルがおだんごだったからである。田舎である。ど田舎の幼稚園で、昭和30年代。女児は、みんなワカメちゃんの髪形だ。ショートに近いおかっぱで、えりあしは刈り上げ。

だからこそ、牧美也子先生や松尾美保子先生や細川千栄子先生や細野みち子先生の漫画に出てくるような、髪をツインテールに「できるほど」長い女の子の、リボンやカチューシャをした絵にうっとりしたのだ、みんな。

そんな時代の、そんな幼稚園で、おだんごにしているカナちゃん。ロングヘアだからおだんごにできるわけで、それは、ほかのもっさい女子(あしたいずみはるみちゃん仮名とか、ほらないさまよちゃん仮名とか、スターは除いて)にとって、「うわあ!」ということだった。

ヘアスタイルをアップにする(おだんご)と、大人びてみえる。そのせいだけでなく、カナちゃんはすらりと細くて、竹の子系の白い肌をしていた。
※白い肌には、子豚系と竹の子系がある。竹の子系の白い肌の人は、おおむね、毛細血管が透けず、均一に白い(高校の同級生のテニスぶのリエポンは子豚系の白い肌)。均一に白いので、おしろいをぬっているように(お化粧をしているように)見えるっぽい。なので、よけいに大人びて見えた。


げたばこが組別に並んだところがあって、そこで上靴から下靴に履き替えて表に出る。出ると4段のエントランス階段があって、階段をおりて左が、園舎の壁である。すぐ左の壁の窓から中をのぞくと、廊下があって、窓の真ん前は、鳥組の教室だった。(もちろん、窓は、サッシではなく木枠だ)

カナちゃんは鳥組で、ある日、外の窓のところで、つまさきだちをして、窓ごしに教室を見ていた。
私は、かわいくて有名なカナちゃんを、そばで見たくてたまらず、自分も、なにか室内に用事があるふりをして、となりで、つまさきだちをして、中を見た。

そしたらカナちゃんが、用事の詳細を、私に言った。なんの用事だったのか、まったくおぼえていない。自分は用事などなかったし、有名なカナちゃんが自分に話しかけてきてくれたので、ドキドキドキドキッとして、アガってしまい、うわのそらで返事したからだ。ほっぺたが熱くなっているのが自分でわかった。

ずっとずっとあとになって1980年代、タカラヅカ歌劇が、あたらしい組を設けることになり、名前を公募した。
私は応募した。自分が選ばれる自信はなかったが(私はクジ運が悪いので)、自分が応募した名前が新しい組の名前になる自信は(ほかの人が応募してきて、その名前になる自信は)満々だった。

応募した名前は、もちろん「鳥組」。私の通っていた幼稚園は、月組、星組、鳥組、雪組、花組だったのである。
そして、鳥組は、カナちゃんの組、ということで私にはきざまれていた。

老人になった現在、道で、バレエ教室から帰ってくる(出かける)女の子とすれちがうことがある。みなカナちゃんのヘアスタイルをしているので、そのたび、鳥組のカナちゃんを思い出すのである。

それから、「えーっ、宙組? なんでよー!」と憤った公募結果もちょっと思い出して、いまだに「鳥組のほうがよかったのに」と思っている。

あー、また、依頼もされないのにエッセイを書いてしまった。だからブログには極力、自分の意見を書かないようにしているのに。
返信 | 08:47 | - | -
(姫野嘉兵衛カオルコtw. )秋田県庁の世間瀬千代松さん、同級生のセマセくんと仮名にしていたが、セマセさんという方がほんとにいらした
同級生のセマセくん(小学校時代はヨーちゃん)というのは仮名で、同級生にはだれのことかすぐわかる仮名ですが、セマセという苗字の方がほんとに秋田県庁の耕地課にいらした(むかし)。
東大の上野先生の教え子でハチ公をもらってきてあげた方。
新しい銅像(上野先生に会えてよろこぶハチ)もできてセマセさんも天国でよかったと思っていることでしょう。
返信 | 08:40 | - | -