姫野カオルコ(嘉兵衛)のブログ…運営&宣伝=KOGA工房

★小説家。嘉兵衛は雅号。「嘉兵衛」で「かおるこ」と読む。
 
ちょっと前のもの
 
アルビローラー、松方弘樹,仁科明子 fm姫野

昨日の、アルビローラーって、そのむかし、1980年代、奥さんから松方弘樹を略奪した仁科明子が、松方弘樹といっしょに、CMをしていなかったっけ? 松方がシャドーボクシングしながら走って、仁科さんが自転車で…と思って検索したら、ヤフー知恵袋に出て、↓こんな質問が。。

●Yahoo!知恵袋に出てた質問↓
【hanntousoupnoimoutoさん 2011/3/2021:30:24
仁科亜希子さんは、奥さんと子供のある人と不倫して、略奪婚をしたって、本当ですか。おばあちゃんが言ってるんですけど。
それでこの間からテレビに出てばっかりなので……】

(全文は「Yahoo!知恵袋で読んでください)

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1058165055

あー、3−7のみなさん、われわれは、立派に「おばあちゃん」…。

 

おばあちゃんは、仁科明子が「バラ色の人生」(オープニングはジョルジュムスタキ)に出てて、「お嫁さんにしたいナンバーワン女優」と言われてたころ知ってるわよ!

オープニングの曲、よかったよね。山●レイ子ちゃん(レンコン)が、このドラマが好きで「仁科明子がかわいい」「仁科明子がかわいい」って、いつも言ってたな。

姫野カオルコ(姫野嘉兵衛)=小説家。印象の薄い県で育ち、マイナーな作風で地味に書き続けている。動画など=http://himenoshiki.com/himefile/speak.htm

きょにゅうの女子高校生? チェリッシュ、ひまわりの小径、fm姫野

フルサワ先生担任の2−6のときだったかな。それとも3−3で安田先生担任のときだったかな。1学期の期末試験のころ、ズバリクで、いやフルサワ先生のときだったらスタジオ300で、よくかかっていたチェリッシュの「ひまわりの小径」。「へー、直径2rとか半径rの、ケイって、ミチって読むんだー」と感心していた曲。1学年上の、さゆりちゃん(?)だったかなあ、そんな名前の、男子に人気があるので有名な人が、「チェリッシュのエッちゃんに似ている」と言われていた。

それでね…。それはともかく、なぜ、この歌に、このイラスト? イラストの女の子は女子高校生か女子中学生なんだと思うの。制服姿があるから。でも、なぜ、このヴィジュアル?

歌とこの女の子の肉体が、チョー、フィットしてないんだが。えんえんとこのイラストを描いた人について考えてしまった。家庭環境から養われた性格とか…。あるいは、このイラスト描いた人は、曲(音楽)はたんなる隠れ蓑?

https://www.youtube.com/watch?v=Rm-TjJwmTSA

 

こちらも更新されています。http://kogawebfactory.o.oo7.jp/

中村雅俊、シェルブールの雨傘

オール読物に「サンノナナ」の原稿を送る。

書いているとき中村雅俊を出したのだが、中村雅俊の「ふれあい」と、フランス映画「シェルブールの雨傘」の主題歌はそっくりだと思う。フランス語で聞くとわからないかもしれませんから、ここはザ・ピーナッツの日本語バージョンで聞き比べてください。

・中村雅俊「ふれあい」、とくに♪肩を抱いてほしい〜と♪のあたりに注目(注耳)。
https://www.youtube.com/watch?v=xypH-qVnfls

シェルブールの雨傘、フランス語バージョンじゃなくて、ザ・ピーナッツの日本語バージョンで聞くとわかってもらえるのでは。♪たちつくしていた〜いの♪のあたりに注目(注耳)。

https://www.youtube.com/watch?v=KfAqckrdi7Y

北区の幼稚園、小林多喜二、新橋スエヒロ

中川成夫(元・特高)は、戦後は高輪署長→築地署長と出世、旧区制時には滝野川区長になり、東映の取締役になり、そのうえ北区教育委員長になって、奥さんに北区で幼稚園を経営させているのですが、彼の肌の記憶はどういうしくみなんだろう?小林多喜二が自分の拷問で死にゆく感触が肌に記憶されていると思うのだが、そうした記憶を「削除」できる機能が彼には備わっていたのだろうか?そもそも「滝野川区長」という地名で小林多喜二を思い出さいのかな。新橋スエヒロの山県為三も。正義の聖戦(聖拷問)という自己洗脳をかけるのだろうか。

柴野未知 訳詞 麻丘めぐみ fm姫野

天地真理がポルナレフの「ホリデーズ」をうたっていたとは。しかも、日本語の歌詞がよくできている。柴野未知さんの日本語訳詩は秀逸です。

https://www.youtube.com/watch?v=JSWJUq_8J5Q

麻丘めぐみ、夏木マリ、あべ静江、もうたっていたとは。相田翔子は「愛の物語」をうたっていたとは。

バブルさんからいただいたポルナレポートですが、これを読もうとすると1日1ページも読めない。1ページ読んで1週間くらいとまってしまう。1行ごとに、いろいろと感慨深くなって、とまってしまうのです。ポルナレフに関することはもちろんですが、「1967年に…」などと書いてあると、そのころの時代の空気を思い出し、それは滋賀県の田舎の片隅での空気にすぎないのですが、そのころの、TVや雑誌で報道されてくる世界はこんなふうな空気があったと思い出し、天地真理の「ホリデーズ」の日本語歌詞の柴野さんから、また京浜安保共闘の赤塚北交番襲って射殺された人を思い出したり、いろんなことをこまごまこまごまと思い出し、胸がいっぱいになってきて、自分がいまどこにいるのか把握できなくなってめまいがしてきて何もできなるのです。それで、これではいけないと思い、ときどき読むのを休んだりして、まだ読んでいます。「お金でセックスさせる娘(原題)」→すてきなパリジェンヌ→しあわせの足音→すてきなランデブーという邦題の変遷にも、時代を感じて、またたちどまり…胸がいっぱいになる。

 

けものみち、池内淳子のメイクが…、昔の映画と男女、fm姫野

古い映画を上映する映画館が都内にはありますが、圧倒的に男性客が多い。

映画館だって商業ビルだって、ふつうは女子トイレに列ができる。

しかし、こういう映画館は男性トイレに列ができる。

男性トイレに列ができてて、女性トイレはすいてる、という現象は、こういう「古い映画を上映する映画館」でしかおきない現象です。

 

「俺は鉄平」とか「ハリスの旋風」とか「巨人の星」とか、古い漫画の復刻版はどんどん出ます。みんな少年漫画です。

少女漫画は出ません。

男性は、想い出に金を出す。だが女性は出さない。女性が想い出に価値を見ないというよりは、すっかり忘れているから。(総じて、という意味ですよ。上記映画館でも、女子トイレは私だけが貸し切りだったわけではないんですし)

 

男性は過去の女をいつまでもおぼえているが、女性は昔の男なんか分かれた直後から忘れる、とよく言いますが、こうした「古い映画館」のトイレの列の男女差を見ていると、実感できます。

 

さて、「けものみち」須川栄三監督・池内淳子版を、御覧になった方も多いと思うのですが、私は、昔の邦画は好きですが、これははじめて見まして。

 

140分と長い映画なんですが、そして秀作なんですが、私はずーっと池内淳子の眉のメイクがヘンではないかと、それが気になって気になって。「〜」の形に描いてあるんですよ、眉ペンシルで。鼻のほうがやや太く描いて、眉尻のほうがダリのヒゲみたいにちょろりんと上にハネあがって、「〜」の、これの向かって左がちょっと太いかんじになってるの。なんで、こんなメイク? 気になりませんでしたか? といっても男性が圧倒的に多かったから、眉のメイクなんかより、入浴シーンのほうばかりに気が向いたかもしれませんが。

 

伊藤雄之助、小沢栄太郎、大塚道子は、「いつもの役柄」でした。

 

コインに詳しい方、教えて、東京オリンピック、fm姫野カオルコ

大掃除をしていて親の遺品から出てきた記念コイン※注=画像は下方にあります。

東京オリンピックや、昭和天皇在位60年記念、大阪万博コインなど。

(1)記念コインは、いまでも通過として利用できるのでしょうか?

(2)金額以上の価値ってあるのでしょうか?

これから自力で調べてみますが、もし、このブログを御覧になっている方で、こうしたことに詳しい方がいらしたら、お教えください。遺品整理にも死後10年たってとりかかっているしまつ…。たくさんのお手紙(とりわけ朝日新聞社宛ての)にも返信しきれませんこと、何卒あしからずお許し下さい。。

http://himenoshiki.com/welovehimeno/yybbs/yybbs.cgi?

 

記念コイン・ブログ用.png

ちあきなおみ、1972年12月、オリコン

ポルといっしょに載った.jpgちあきなおみの「喝采」が大ヒットした1972年。

これは朝日新聞2016年、6月25日のbe紙面↑

この年の曲で好きな曲を、朝日新聞がデジタル会員にアンケートした結果と、当時のオリコントップ10が横に載っている。

オリコンも、読者アンケートも、現在では考えられない結果である。日本の歌の中に1つだけ外国の歌が入っているんである。

字が小さいからわからないだろうから、下に書くよ。

まず、当時のオリコントップ10

1−女のみち(宮史郎とぴんからトリオ)

2−喝采(ちあきなおみ)

3−漁火恋唄(小柳ルミ子)

4−小さな体験(郷ひろみ)

5−雨(三善英史、田中角栄の下の写真)

6−同級生(森昌子)

7−愛の休日(ミッシェル・ポルナレフ)

8−そして、神戸(内山田洋とクールファイブ)

9−折鶴(千葉紘子)

10−あなたが帰る時(三善英史…なんと二曲トップ10入り、あなた女?シルコットパフ…って若い人にはわかるまい)

 

朝日新聞読者票(やはり1曲だけ洋楽が入っているんである)

1−喝采

2−せんせい(森昌子)

3−雨

4−そして、神戸

5−女のみち(ううむ、オリコン1位もこっちでは5位なのは朝日新聞読者対象のアンケートだからだろうか?)

6−バス・ストップ(平浩二)

7−虹をわたって(天地真理)

8−愛の休日(ミッシェル・ポルナレフ)

9−折鶴

10−ふたりの日曜日(天地真理)

11−狂わせたいの(山本リンダ)

12−同級生

13−漁火恋唄

14−れんげ草(ビリーバンバン)

15−悲しみよこんにちは(麻丘めぐみやで、サガンやのうて)

 

若者(30歳以下)でも、ちょっと音楽にくわしい人ならシルビー・バルタンもアダモも知っているのに、ミッシェル・ポルナレフとなると首を傾げる。年かさの人(65歳以上)も、知らない。

ポルナレフは、ほんとに世代をチョー限定して知られている歌手である(日本では)。

だが、このように、日本の歌の人気チャートにすら1曲まじってしまうほど、大人気だったのである。

アイドルの麻丘めぐみに「悲しみよこんにちは」という題で歌わせたのも、ポルナレフ人気にあやかって、フレンチな香りを出そうとしたのである。それくらい人気だったのである。

 

感慨深くこの紙面を見た。本当に感慨深かった。「ミッシェル・ポルナレフ」という活字が印刷された朝日新聞(亡父が信奉していた)の、その次のページに自分の原稿も掲載されているからである。時間の流れが過去に現在に行き来し、きゅーっと倒れそうな感慨に、しばし床にひろげた新聞をじーっと見ていた。

鳩山由紀夫の夫人、宝塚、メナムに赤い花が散る fm姫野カオルコ(嘉兵衛)
受験で日本史を選択した人にはおなじみ。
玄洋社です。
ここの寺田さんの長女のカオルコさんが鳩山家に嫁に行かれたわけです。
カオルコさんのお姑さんが共立女子大創立者の鳩山春子さんです。

鳩山由紀夫総理のおばあさんがカオルコさんです。
私の世代が子供のころ、おばあさんにはよくカオルコさんとかサクラコさんがおられました。
テツエコさんというのもおられました。

鳩山カオルコさんも、カオルコというのが「いやだわ、婆さんくさいわ」と思われたのか、途中から「カオル」に変えてらっしゃる。

さて、カオルコばあさんには、お孫さんが何人かおられる。
ユキオさんの弟さんも議員さんです。
その奥様は『少女フレンド』の表紙を飾っておられた、あのかわいい人。
風邪をひくと「風邪、ジキになおって〜」と風邪薬ジキニンをすすめてくれた高見エミリーちゃんです。
ユキオさんもかわいいタカラジェンヌを娶られ、弟さんもかわいいタレントを娶られたのでした。

ユキオさん夫人は、47期生で、宝塚時代の名前は若みゆき。
初風諄と同期。初風さんは「大抜擢で1967年で主役の相手役に……」という人だから……若さんは1968年ごろ舞台に立たれてたのかしら?

たしかそのころ、宝塚は『メナムに赤い花が散る』というのを宝塚大劇場でやったのでは? 
実はそれを、当時小4だった私は大人の人に連れてもらって宝塚まで見に行ったのです。そのときの舞台の、アユタヤ王朝時代のインテリアが「ステキー〜」と思ったのをおぼえています……。
「メナムに赤い花が散る」を、私、もういっかい見てみたいなあ。

2009年9月14日記事・再録)

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 月刊PHPより−【ひ】姫野カオルコ(ひめの・かおるこ)日本の小説家。1958年滋賀県甲賀市生まれ。非大衆的な作風だが独特の筆致の心理小説で読者層は男女同数。『昭和の犬』で第150回直木賞を受賞。最新刊は『謎の毒親(新潮社』。最新文庫は『純喫茶(PHP文庫)』

連絡先は「姫野カオルコ公式サイト」から http://himenoshiki.com/

 

ホテル・カリフォルニアはなつかしくない、1980年に胸キュンにならない、理由、舟木一夫、日曜ブログ4つめ fm姫野
K本irのエアロで、曲が流れはじめると、「これ、懐かしい人ー」と、k本先生が訊いた。
何人かが手をあげた。「ホテル・カリフォルニア」だった。私が手をあげなかったので、同い年のノリちゃんが「ヒメちゃん、なんでよ、知ってるでしょ」と言って、「先生ー、ヒメちゃん、手をあげませんー」と言った。

私は年齢をごまかしたくて手をあげなかったのではなく、「懐かしい人ー」という質問だったから手をあげなかったのだ。
「ホテル・カリフォルニア」という曲はきいたことがあるが、それは19歳の人が「さくらさくら」とか「ベートーベンの第9」とかをきいて、なんの曲かはもちろん知ってるが、「なつかしい」とは感じないのといっしょである。

私は大学生時代に、なんの郷愁もない。いやだったというのではない。懐かしくないのだ。もっと正確にいうと、「大学生」という立場や、大学生が主人公のドラマ、小説、漫画に興味をそそられない。自分が大学生のときのことも、だから興味がわかない。
興味がわかない理由は、ブログで書くには長くなりすぎるのでやめる。

それでまあ、エアロの時間に話はもどって、
「いや、若く見せようとしてるのではなくてですね、私はもっと気持ちが昔にあるのです…」
と言ったら、
「だれ? だれくらい?」
と栗本先生が聞くので、
「舟木一夫」
「えっ、舟木一夫」
と先生が返し、先生はマイクをつけているので、「舟木一夫」という部分が大きくスタジオに響いた。
生徒さん全員、大笑い。あんなにスタジオが(^0^*にわいたことはないというくらい。

でも、ノリちゃんは私と同じ年なのだから、舟木一夫は知っているわけだ。
でも、ノリちゃんは舟木一夫にはぜんぜんぴんとこない。
多くの人は、なんで、あんなに10歳以下のときのことを忘れてしまうのかな。

そのあと、ストレッチをしていると、72歳くらいの会員さんが、私のそばにやってきた。
「あなたのご本を読んで、ふしぎだったのよ。古いことばかり書いてあるから。あの人、若いのになんでこんなに古いことを知っているのかしら」
とおっしゃる。

うーん、でも、司馬遼太郎先生だって、べつに坂本龍馬とつきあいがあったわけじゃないと思うんだよね。思うというのはへんか。つきあってなかったよ。断言。その時代に生きてたわけじゃないのだから。

まあ、こうした話は、スポーツジムでは言ってはいけない話題なんだ。
「エッセイ」もしかり。深く入らないように、えぐらないようにしなくてはならず、だから、私は、いわゆるエッセイというのを書くのが嫌いです。日曜は3、4つ更新されています↓。