姫野カオルコ(嘉兵衛)のブログ…運営&宣伝=KOGA工房

★小説家。嘉兵衛は雅号。「嘉兵衛」で「かおるこ」と読む。
 
ちょっと前のもの
 
滋賀県立高校の卒業式の夢をみて、おきた。fm姫野カオルコ(姫野嘉兵衛)
高校の卒業式のあと、教室にあった花を、「みんなで分けて、持ってかえって押し花にしようよ」と言ってわけようとする。全員がいない。「・・ちゃんは・・・大学の入試の日やし」「あ、・・ちゃんもや」と、何人かは入試と卒業式が重なって欠席している教室。の・らみさ・ちゃんが、花を入れる袋をさがしてきてくれる。

そんなことは実際にはなかったのだけど(花は教室にかざってなかった)、夢の中ではそんな卒業式のあとだった。

起きて、なんだかかなしくてかなしくて、涙がにじんできた。

頭とからだが元気なうちに、もういっかい、高校時代の同級生と会っておこうと思う。
2019年1月3日に、学年全体の同窓会(昭和52年卒)があるのだそうだ。

もし、もし、このブログを見た人がいたら、くわしくわかりそうな人に連絡してください。


1月3日にしたのは、「正月なら、他の県に出たやつも地元に帰ってきてるやろ。1、2は忙しいやろけど、3日なら出やすいやろ。そして昼に同窓会出て、そんで夜に新幹線で帰る、というコースやろ」と思ったんだと思う。

・でも、もう滋賀に家がない者は、「正月に滋賀に帰る」という行為をしない。
・同窓会に出るイコール、同窓会のためにだけ新幹線で東京から滋賀に行く、ということになる。
・正午からスタートの同窓会に出席する=朝の5時には起きて、いろいろ支度して、新幹線駅まで行かないとならない。車内では疲れるので、髪の毛もくしゃくしゃにしてシートに頭をあててないとおりたとき、頭痛がする。

・しかし、ほんとに日帰りは、もうこの年だと疲れるなあ。なら前の晩から泊まるとなると、正月料金のホテル代金になる。

・そういうわけで、もう滋賀に家のない人・とめてもらえる親戚もいない人の場合、同窓会に出席するとなると、交通費・宿泊費・会費で、とても高くつく。

・ああ、せめて2時スタートだといいのに。
全国的に、同窓会って、ホテルとかホールでおこなわれるから、2時スタートってないんだよね。2時スタートの宴会プランやってもよいのに。ランチどきは一般のお客さんに対応。時間ずらして集会のお客さんに対応。このほうが会場も効率がよいんじゃないか。

従業員は、一般対応と、宴会対応で、わけて休息とるとかして、こういうふうにしたほうがよいように思うがちがうんだろうか?
星野リゾートのプランナーさんとか、なにかいい方法を考えて提案してくれないだろうか。

鍵盤ハーモニカとピアニカ、音楽授業での世代差(2)  fm姫野カオルコ(姫野嘉兵衛)
『謎の毒親』文庫化にあたり、I川さんからの合唱曲木琴や、木琴についてのメールをいただいた話のつづき。

I川さんは、昭和44年生まれで、次女さんの同級生のお母さんたちと、学校行事で会うと、彼女たち(お母さんたち)が、i川さんより10歳いらい年下なので、なにかと「学校での思い出(私たちの時代はこうだったわよねえ、みたいな)」関連で、世代差を感じるとメールに書いておられた。

もっとも世代的なズレを感じるのは、音楽の授業の差だそうだ。

***
私(注/私=i川さん)は1年生がハーモニカで、2年生以上がリコーダーだったのですが(鍵盤ハーモニカはやりませんでした)、
うっかり、「小1でやったのハーモニカじゃなかったですか?」
と言ってしまったら、昭和50年代生まれのお母さん方は
「ハーモニカ?鍵盤ハーモニカではなく???」というかんじでした。
木琴→ハーモニカ→鍵盤ハーモニカ
になったんですかね。


***

私(姫野)は、I川さんのメールを読んで、いろいろ感慨深かった。そのひとつが昨日のブログに書いた合唱曲「木琴」だったが、ほかにもいくつか。

(ア)
「えーっ、I川さんは、私より11歳も年下なんだ!」と、感慨深かった。

i川さんとは10年以上前に知り合っているのだから、年齢は当然知っているが、みなさんもそうだと思うのですが、いちいち「この人は何歳だ」と思いながらつきあわないじゃないですか?
なので、つきあいが長くなればなるほど、○さんは何歳、×さんは何歳、△さんは何歳とか、忘れてしまうじゃないですか?
そして、じょじょに、自分と同じような世代だと錯覚してゆくようになるじゃないですか?

なもので、「そうか、そうだよな、私より11歳も年下なんだな」と感慨深くなったわけです。

※長くなったので(イ)以下はまた後日
合唱曲、木琴、世代差(1) /姫野カオルコ(姫野嘉兵衛)
過日のブログに、昭和40〜43年に使っていた木琴の話を書いたら、編集のI川さんからメールをいただいた。

***I川さん(昭和44年生まれ)のメールの抜粋↓***

中学高校と合唱部だったのですが、中学の頃流行ってた
合唱曲に「木琴」という曲がありまして、
後半すごいこわいかんじに盛り上がるので
よくコンクール用の自由曲に選ばれていました。


***

I川さんのメールで、私ははじめて『木琴』という合唱曲があることを知った。I川さんが歌詞が出ているURLをつけてくださっていたので見てみた。
「妹よ、妹よ」とよびかけて、「木琴が好きだった」旨が、過去形になっているから、「ああ、妹さんはいまはもう死んでいる時点からの歌詞だな」と思い、

歌詞を追ってゆくと、「街に、赤や青色や黄色の電灯がつくとよいね」と妹さんが言っていた旨の歌詞になっている。
ここで、URLは終わっていたので、
私は、
「そうか、妹さんは、交通事故で亡くなったんだ。まだ昭和44年には、街に信号機がなく、でも、車の量が増えつつある時代だったので、交通戦争を嘆いているんだ」
と思った。

どんな曲なんだろうと、ユーチューブで、全曲を合唱しているのを見たら、私が想像したのとはちがっていた。
DAZZEL 関口くんを偲ぶ会、tw姫野カオルコ

外苑前のギャラリーdazzeleで「関口信介さんを偲ぶ会」があった。在りし日の関口くんの写真が出てたが、正直なところ、正視できなかった。今日の日曜天国はエイプリルフールだから嘘にまつわる話特集だが、「すみません、嘘でした〜」と、あの静かな静かな口調で、みんなの前に出てきてくれないかと、本当に願ってしまう。

エイプリルフール。四月ばか。というが、ほんとにばかだ。ばかばかばかばか。いなくなるなんてばかだ。偲びたくない。

tw.by姫野カオルコ(姫野嘉兵衛)=作家。http://himenoshiki.com。ウィキ=https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A7%AB%E9%87%8E%E3%82%AB%E3%82%AA%E3%83%AB%E3%82%B3

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藤田 宜永さんのエッセイが自分の気持ちのままだった tw姫野カオルコ

藤田 宜永さんのエッセイを読んで、うーんと何に載ってたんだっけ…それが自分の思うとおりのことだったのに、えーとなんかみなさんで調べて(T_T) で、書いてあったことは「今の若者が小説に共感を求めていること」への違和感だった。そうなんだよ!私も本を読むんだり映画を見るとき、共感するかしないかって、どうでもよい。そして1998年くらいまでは(ウィンドウズ98が普及するまでは)、多くの人がそうだったような気がしてならない。「げっ、なにこいつ」とか「こういう考え方もあるのか」とか「ひえー、いやなやつー」とか、あるいは「わからない」とか。そういう主人公や登場人物が出てくるほど「おもしろい(インタレスティング)」と感じて、読みごたえ見応えがあったと感じたように思うんだが。「わかるわかるー」っていう気持ちなら、学食とかで満たされた。そういう場所やそういうつながりでないところにある心情や考えを覗いたり、あるいはじっくり聴いたりするのが小説や映画のおもしろさだったような記憶があるが、ネットの普及で「わかる」「同意」されることが最重要課題になってしまって、変化したのだろう。そうすると、どんどん「ウチらだけであそぼ」になっていって、やだなもう「あんたらはアマチマリだから、コヤナギルミコにはこんといて」みたいなの。

刈部謙一さんのお葬式 tw姫野カオルコ(姫野嘉兵衛)

2018・3・21(水曜)。春分の日にはげしい雪。刈部謙一さんのお葬式に行く。フリー編集者の刈部謙一さんから1994年の私の誕生日にいただいた青い灰皿。灰皿には使わずにずっとケータイ置くのに使っていて、いまは充電するときのお皿になっている。濃いコバルトブルーのガラスのきれいなお皿で、見るたび刈部さんを思い出していたのだが、これからもより思い出すことになるだろう。

「ひと呼んでミツコ」の原稿をいきなり持ち込んで単行本にしてもらったのです…ということをインタビューで、これまで何度も答えてきたが、これは希有なことでレア中のレアの単行本上梓だった。だから出したとき姫野カオルコなんて知ってる人はゼロ人にひとしく、「ひと呼んでミツコ」って、たとえば「私は総理の愛人だった」とか「ジャニーズの性処理係として生きた女」とか、いかにも目をひくタイトルじゃなく、いまから思えば売れなさそうなタイトルだった。でもあるとき、ぶあつい封筒のお手紙が届き、丁寧な感想が書いてあって、「女・橋本治といったセンスでした。これからもっとはばたいていけると思います。がんばれ」というようなことが書いてあった。文面はあたたかくやさしいのだが、あってみると怖い顔をして愛想を言わない人で、はじめ、わたし、喫茶店でどうしようかと思ったくらいだった。でも、1分しゃべると1分後には手紙のとおり、あたたくやさしいことがもっとわかる人だった。お酒を飲まないので、以来、静かに交流をつづけていたが、こんなことなら、もっとたくさん会っておくのだった…。集英社のなにかの会で紹介されたご長男さんが、そのときはまだ学生ょぽかったのに、今日のお葬式ではお父様に似てきていて、こうして年月がたっていくのだなあと思った。みなさんも、好きな人とは会ってね。

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Ramukana 四谷、関口くんが、この店、教えてくれたんだったなあ tw姫野カオルコ(姫野嘉兵衛)

四谷三丁目のRamukana・無農薬野菜の店のランチ
月曜は青菜と天然塩のパスタ(900円)。
荒木町3−10
電話番号03−6457−4942
地下鉄・四谷三丁目駅下車。JR四谷駅に向かって左の歩道を歩いていく。
みずほ銀行の手前を左に入って、ちょっと行って、また右に入ったところ。
右にはいるところに看板アリ。
ごはんつぶのひとつひとつを、いちいち半分にナイフで切って食べるのを常とする少食の方にぴったりの量……と思いましたが、この店の量はふつうなんでしょうか?
そういや店員さんが全員、ツイギー(古いか)のような、肺活量3600佞了笋吹いたら、あ〜れ〜と吹き飛ばされそうにかぼそい人ばかりだった。(☆2009・11・9ブログ↑)

↑は過去のブログです。この店、関口信介くんが教えてくれたんだよね。それで「行ったよー。おいしかったけど、ごはんの量が少なくて少なくて泣けてきた」と言ったら「えー、そうですか、ぼく、ちょうどいいように思ったけどなあ」と、あの静かな静かな口調で、静かに笑ってたっけな。。。

 

 

 

 

 

やはり関口くんのことがショックだったのだと思う、歯ぎしり tw姫野カオルコ(姫野嘉兵衛)

やはり関口くんの不幸がショックだったので歯ぎしりになったのだと思う。

●歯が痛くて夜中に起きる。歯医者さんは日曜休みと思い込みガマンしていた。痛くてならず検索したら、近くに「土日もやっています」という歯医者さんがあることがわかり、電話をすると「いま閉めようとしていたところだが、あと5分で来てくれれば見てあげます」とのことで、着の身着のまま(いつも?)で走っていく。

●「あ、これは歯ぎしりですね」。診るなり歯医者さん。「念のためにレントゲンとりますけど、虫歯はないと思います」とレントゲンをとると、やはりみたてのとおり。猛烈な歯痛の原因は、歯ぎしり。私は幼児のころから睡眠中に歯ぎしりをするらしい。睡眠中なので自分ではわからないのだが、保育園の昼寝の時間などのあとの先生からの指摘、修学旅行のときなどに指摘を受けた。いびきはかかないが歯ぎしりがひどいらしい。

とくに、強いショックを受けたり、気がかりや、仕事で疲労しているときに、ひどくなるようだ。やはり関口くんの不幸がショックだったのだと思う。

●若いときはまあ、歯ぎしりして奥歯に負担がかかったとしても回復力もあるのだが、年をとると、歯茎がやわになっていて、歯をささえる力が弱くなっている。これで歯ぎしりをすると、ものすごく歯の骨(歯槽骨)に負担がかかり、炎症をおこす……のだそうだ。歯医者さんの説明によると。

●虫歯の菌のせいで歯が痛いのでないことがわかって(原因がはっきりわかって)よかったが、今日(月曜15日朝)になっても痛く…というか歯が痛くて5時ごろに起きざるをえなかった。寝てるときも30分おきくらいに目がさめる(痛み止め飲んでても)。とくに温かいもの(朝のコーヒーなど)を飲むと、口内の血流がよくなって、ジリジリジリーッと目覚まし時計がなるように痛くなり、いったん痛くなると、もう、こわれためざまし時計みたいに、痛み続けて、ラジオのニュースをきいても、痛みに気をとられて内容を読解(聴解)できなくなるのは困る。

●副鼻腔炎で耳管がはれたようになって、昨年暮れからずっと耳がよく聞こえなかったのが、ようやく回復したと思ったら、こんどは歯だ。年をとったものだ。

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池田満寿夫、大晦日と正月の予定 tw姫野カオルコ(姫野嘉兵衛)

●開封せずにたまりにたまった郵便物に、昨日あたりからあわててハサミ入れてチェック。返信を要求するような書類にもまとめて返信。昨夜など、朝型にチェンジした私にはめずらしく午前様になって作業。ほかにも事務的なことがたまりにたまっているが、今日あたりからまた原稿書き再開です。

●6月から3回だけ休みの日があった。11月の後半から12月前半、風邪をこじらせ、副鼻腔炎になり、まだちょっと調子悪い。これというのも風邪をひいたとき、ガッと思い切って2泊くらい寝てればよかったのに、床の中にパソコンを持ち込んで仕事を続けたため、治りが遅くなったのだと思う。年齢とともに治癒力が低下しているのに。やはり年をとったら大事をとるべきだな。そのほうが結局、早い。急がば回れだわい。

●長編原稿は家を建てるのにたとえると、「設計図を書いて製図して、銀行にローンの頭金払ったり登記簿提出して、それから整地して、26日地鎮祭をやってもらった」というかんじ。さあ、これから材木用意して家を建てる工事にやっと入れまっさ。6月から3回しか休日なかったのに、まだこの段階ですわ(注・ですわ、関西弁)。池田満寿夫さんが「笑っていいとも」に出られたとき「彫刻と油絵と小説とやってるけど、この中で小説ほど時間くうものない。時間くうのに一番金にならない。なにが効率悪いって、小説書くほど効率悪いことはない」とおっしゃっていた。ほんまやで。まあ、川口松太郎さんの時代は、売れると「川口アパートメント」が建てられるくらいだったのだろうけど。

●でも、みんな勘違いしてるんだよね。「今の人は本を読まなくなった」って。ちがうんだよ。昔から、本を読む人なんか少なかったんだよ。戦後の昭和20年〜45年。この25年間だけ、本が売れた。この一時期だけが、むしろ、特例なんだってば!この特例の時期をイメージしてるのは勘違いですわ。45年(1970年)以降は、もうふつうの時期になってるんだけど、特例の時期の貯金的イメージがまだちょとあって、本を買う人が、ちょっと残ってたってだけで、現在は、ほんとにふつうの時期。もとにもどっただけですわ。

●…というわけで、私は今年は忘年会ゼロ。大掃除は来年繰り越し…というか、郵便物の整理やってるから、これが大掃除?。新年会ゼロ。正月3日間も、ふつうどおり、朝6時に起きて仕事して、いやふつうの日以上に仕事するだろう。ほんまにこれ早う仕上げんと。スーパーも早よう、あの高っかいカマボコとかキントンとか棚から一掃して、ふつうのもんを売ってくだい。年末年始、休みなくふつうに仕事の人も現代では大勢いらっしゃると思います。お互い、体に気をつけて、のりきりましょう!

 

2017・12・30 姫野カオルコ(姫野嘉兵衛)

 

 

 ドンキ神保町撤退、体が壊れてゆく気配 tw姫野

ドンキの靖国通り撤退をさっさと判断した社長を見習うべきか。朝4時に目まいがして目がさめた。長編原稿の主人公が憑依しているかのようだ。なんか、自分がのっとられていくような。こんなことしてたら体を壊すぞ、と思った。若くて体力があるときならいざしらず、今は、やっぱり書く時間を決めて、すすまなくても、その日はもう終わって、「休み」にしないと、こんなことしてたら体を壊す…怖くなった。