姫野カオルコ(嘉兵衛)のブログ…運営&宣伝=KOGA工房

★小説家。嘉兵衛は雅号。「嘉兵衛」で「かおるこ」と読む。
 
ちょっと前のもの
 
ジュリア・ロバーツと日本閣とエリザベス・テーラー

 《げんなりシーン その4》

「プリティ・ウーマン」劇場公開当時、私はまだ30歳くらいで、当時はそこそこに英語が……(中略)…… そして「プリティ・ウーマン」時には、監督の指示なのか、それとも地なのか、エリザベス・テーラーの発声に似ている。エリザベス・テーラーの発声に似ていて、もっと割れた低い声である。

 エリザベス・テーラーの発声、よく聞いたことあります? あの完璧な顔http://images.easyart.com/i/prints/rw/lg/2/5/Celebrity-Image-Elizabeth-Taylor--Large-size--251057.jpg
からは「えっ?!」という発声なんですよ。『日曜洋画劇場』でエリザベス・テーラーを知っていた私の世代にはエリザベス・テーラーといえば武藤礼子さんのような美声という印象があるでしょう? 私もありましたとも。ところが、吹き替えなしのリズの声は「えっ?!」というもので……集英社文庫「ブスのくせに!」では

https://honto.jp/ebook/pd_25287789.html

 

★以下、公開期限超過につき削除★

 

福満しげゆきさん、綾瀬はるか(週刊文春)をぜひ見てほしい tw.姫野カオルコ(姫野嘉兵衛)

福満しげゆきさんにはぜひ、今売り(2月15日号)の週刊文春の、巻頭グラビアの、綾瀬はるかを見ていただきたいものです。

妻と自転車で出かけて、妻がころんで、そのことを福満さんのせいだというような旨で怒るシーンがあって、それがすごくおかしくておかしくて、怒っている妻の頭に「なんか葉っぱみたいなの」と書き文字で注が入ってるのが、ものすごくおかしくて30分くらい笑い続けてたことがあったんです。

今週の綾瀬はるか(いつもかわいい)のグラビアは、福満さんの漫画を思い出した。

tw.by姫野カオルコ(姫野嘉兵衛)=。http://himenoshiki.com。ウィキ=https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A7%AB%E9%87%8E%E3%82%AB%E3%82%AA%E3%83%AB%E3%82%B3

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素直な戦士たち、風車の弥七、でおどろいたこと tw姫野カオルコ(=姫野嘉兵衛)

「素直な戦士たち(城山三郎・新潮文庫)」を読みまして…。ドラマのときは水戸黄門の風車の弥七さんがお父さん役だったのか。本筋についてはネット世代の読者がレビューを寄せられているようなので、そちらにおまかせしまして…。本筋とは逸れたところで、わたくし、たいへんショックを受けまして…。文庫から引用いたします。(親指シフトなので、本を脇にして読むだけでサーッと引用できますんで)

●p80(息子、英一郎の東大合格まで母(妻、千枝)は化粧をやめることにした

「一生涯しないのかい」 「いえ英一郎が東大に合格するまで」 (略) 「しかし、きみ、女にとって…」「そう、つらいことですわ。でも先刻のテレビもそうですけど、あなたにいろいろ辛抱していただくでしょ。わたしだって、女としていちばんつらい辛抱をしなくては、と思ったの」

〇こう↑決心した千枝がデパートに行って、そこで秋雄(夫)と待ち合わせをすることになる。

●p111 部屋(姫野注・会社の部屋)を出ようとする秋雄の背に北(姫野注・会社の女性社員)が斬りつけた。「奥さん、化粧してきてないんでしょうね」「うん…」「わあ、見てみたい。化粧なしでデパートへ来るなんて、どんなかしら」と原野(姫野注・女性社員)もはしゃぐ。

〇そして秋雄はデパートへ。

●p112秋雄は…(略)…不安になった。白色レグホンの群の中へ、羽毛をむしりとられた一羽が迷いこんでいる感じではないのか。(略)秋雄の視線が、まずその顔(姫野注・千枝の顔)に走った。(略)色を失った小さな唇。土色にさえ見える肌…。意識してきたせいであろう、場ちがいであり、みすぼらしく見えた。  千枝は秋雄の視線に気づいた。「化粧してないないからおかしいんでしょう」

●p119 係員に礼を言い(姫野注・次男が迷子になって保護された)親子四人、喫茶室に入った(略)千枝は疲れた顔をしていた。化粧をしていないので、よけい、やつれが目立った。

〇国立大学附属小学校の受験面接に、千枝はすっぴんで行くのだが…

●p141 「面接を受けるとき、きみ、化粧して行ってくれないか(姫野注・秋雄のセリフ)」 「どうして」(略)「しかし、それが採点にひびくかもしれん」(略)「それとも、こんな素顔の母親では不都合だ、というのですか」「試験管をできるだけ気分よくさせたほうが…」

●p142 (千枝は)やはり化粧のことが気になった。(略)化粧しようかと、家を出るまで迷い…(略)ひとり悩んだが…

●p143 三十代と五十代の二人の男は、遠慮のない視線を千枝に浴びせた。はじめて見る素顔の母親に、好奇心を隠そうとしない。千枝は、頬がほてり…(略)

 

というわけで、化粧をしないことが、大事件なんですね。これはこの小説が刊行されたのが昭和53年だからなのか?それとも著者の城山三郎が昭和2年生まれの男性だからなのか?まるですっぴんであることが、ゴジラ出現なほど大騒ぎなのはどういうことだろうと思っていたら…。

そういえば。

私はいつも顔を洗ったあと日焼け止めクリーム(ロート製薬)を塗るだけなのですが、それも塗るのを忘れていることがあるのですが、なにも「化粧することはよくない!」と思っているわけではないのです。それで、たまにすることがある。たまにしたとき、

「えっ、だれかと思った」と言われたり、「整形したんだ」(と、ヒソヒソ声で)言われたり、したことがある。

つまり、化粧すると顔がぜんぜんちがうように、人には見えていることがわかったので、こうした叙述は、21世紀の現在でも、多くの人には一般的な感覚なのだろうか?

…と思って、すると、やはり私は「マイナーなセンス!」「ああ、どんなに売れるものを書こうと奮起しても、基本的なセンスがマイナー?!」と思われ、ショックなのだった。

↓もよければ。

https://honto.jp/netstore/pd-book_27672859.html

 

リアル・シンデレラ、ひとりぼっちのメリー、アート・ガーファンクルの……tw.姫野カオルコ(姫野嘉兵衛)

姫野カオルコ・新刊長篇小説『リアル・シンデレラ』(光文社)の冒頭の英詞はアート・ガーファンクルの「ひとりぼっちのメリー」という歌です。作曲は「カリフォルニアの青い空」のアルバート・ハモンドです。この曲とマギー司郎さんをイメージして書いた『リアル・シンデレラ』です。マギー司郎さん、大好きです。リッチ、豊か、ということばは彼のためにあると思います。
http://www.youtube.com/watch?v=ds_BpHXA0ec

 

(☆2010・5・12ブログ再アップ)

「ツ、イ、ラ、ク」脚本、使って下さい、募集、中野太、柏原寛司、裁判etc. fm姫野カオルコ 

●「ツ、イ、ラ、ク」を映像化したい人がいらっしゃいましたら御連絡下さい。

これまでも、この著書には映画化企画をいただいてまいりましたが、実現が叶いませんでした。その理由は、二時間の映画にするために、原作の「あらすじ」になってしまい、そうなると、主演俳優(とくに男)の事務所が「こんな役を、うちがこれから売り出したい若手の××にさせるとイメージダウンになる」と断ってきたり、なにかと問題が出てくるからでした。

私は、映画と小説は=映像と活字は、「別の表現方法」だと考えております。なので、拙著にかぎらず、どんな小説も、映像化するなら、映像化に特化した換骨奪胎が必要になると思います。

●映画と原作者でモメるケースがありますが、私が思うに、「あらすじ」にするから、「こんな改変はいやだ」と著者が言うのではないでしょうか。改変がいやなのではないと思います。エッセンスが変わっていなければ、映像化に向けた作品改変に対して著者 がいやがることは、そうないように思うのですが…。

●すこし前のことになりますが、シナリオ作家協会さんから「原作と同じじゃなきゃダメですか?」という本を受け取りました。それは、映画「やわらかい生活」脚本の年間代表シナリオ集への原作者による収録・出版拒否事件の裁判についてのアンケートが、多くの人に送付され、うち、回答した人に送られたもののようです。私はアンケートを受け取ったさいに、このアンケートに頻出した「下流」「上流」という語句を、どういう意味で用いているのかがわからず、もしかして裁判用語かと、弁護士事務所に質問しに行ってまで回答しようとしたのですが、結果的には「よくわかりません」というような回答になってしまいました。なぜかというと、片方の思いは詳しく記載されているが、もう片方の思いは何も記載されていないので、回答しようがなかったからです。

●このケースについてはよくわかりませんが、ある活字原作を映像化するには、映像化に特化した改変は当然必要だと、私は思うので、それを原作者と映像化サイドで、あらかじめよく話し合いができていれば、あとはもう、餅は餅屋におまかせになると思うんですが、ちがうんでしょうか。

●「ちがいますよ」と言われたことがあります。「改変するには力量が必要なので、だれにでもできるわけではない」と。はっとしました。力量のある人は脚本家にはたくさんおられます。あたりまえです。プロなんだから。でも力量を発揮するには熱情がいる。熱情、モチベーションがいる。それは、愛が産む。「夏目龍之介さんの〃河童の猫である〃が芥直賞をとりましたから映画化します。はい、あなた、〃河童の猫である〃を読んで、脚本にしてね」と言われたからって、言われた脚本家が、その作品が好きでなかったら、エッセンスを残した改変なんてできません。これまたあたりまえのことです。

賞をとった=出資者がいる=映画化できる=脚本書ける人さがそう という流れだと、脚本はおうおうにして「あらすじ」になってしまい、原作者は「いやだ」と思う…ということになるんじゃないかな。

●映画は金がかかる。だから金を出資させようとしたら、どうしても賞をとったものになる。これがよくない結果になる理由ですね。脚本家や監督が惚れた原作を映画化するなら、そのときにどんなに大きな改変があろうとも、「映画は映画、原作は原作」とみんな(観客も含め)思うのではないかと、うーん、楽観的すぎるかなあ。「受難」は原作とはかなりかなり違ってますが、プロデューサーや脚本・監督の愛情を強く感じたので、私は改変はちっとも気になりませんでしたが。(宣伝の仕方には首をかしげたけど)。

●…というわけでですね。もし「ツ、イ、ラ、ク」が好きで映画化したいという人がいらしたら、ご連絡ください。映画化に特化した改変(脚本)の叩き台を、このたび私、もう自分で作りましたので。

連絡先は、「姫野カオルコ・公式サイト」です。

姫野カオルコ公式サイトトップ→「連絡方法」→(1)ビジネスオファー→KADOKAWAです。

お待ちいたしております。

同社からも公式にオファー募集されているので、詳しくは私などよりKADOKAWAに、お問いあわせください。

Tel:03-3238-8555
Fax:03-3262-7646
 

〇同時募集で、森漱石原作((;^_^A)の「高瀬舟、それから」を完全にエロ特化で映像化したいという方がいらしたら、それもご連絡ください。「高瀬舟、それから」は、「桃、もうひとつのツイラク」という文庫に収録されています。単行本じゃなくて文庫のほうです。

https://www.amazon.co.jp/dp/B015GMOHT6/ref=dp-kindle-redirect?_encoding=UTF8&btkr=1

 

(2017年2月13日ブログ再アップ)

 

 

豊本、東京03、女の子、tw姫野カオルコ(姫野嘉兵衛)

https://news.yahoo.co.jp/pickup/6266594

おめでとうございます。豊本さんの「女役」は、簡単な扮装にもかかわらず、ものすごく「女」に見える。あれはドウにイッテます。すばらしいです。これからは、娘さんの様子(女の子は「ママ」が言えるようになったら、もう「女」に成長しますので)を観察されて、さらに女役にみがきをかけ、エンタティナーとして、芸人史に残る芸人におなりになることを……ほんとに陰の陰の陰の陰の陰ながら応援いたします。豊本さんだけでなく、東京03、がんばれ!♪とよもと、いるよ、どこかなー、どこかなー♪ の歌もいいですね。角田晃広さんの作曲なのかしらね。。。tw姫野カオルコ(姫野嘉兵衛)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A7%AB%E9%87%8E%E3%82%AB%E3%82%AA%E3%83%AB%E3%82%B3

 

「謎の毒親」つまらない、その理由 

●「謎の毒親」にかぎらず、本も映画も演劇も絵画も、すべては「その人の感覚に合う」かどうかで「いい」とか「好き」が決まります。もっと正確に言うなら、「その人の、その時の(その年齢の、ある一時期の)感覚に合う」かどうかで。極端な例ですと〃風邪で頭がすごく痛いときに、何かの映画を見た。おもしろくなかった。でも風邪がなおってから見たら、おもしろかった。〃というようなこともあります。ガツンとくる、とか、ジンとするとか、好き、よかった、おもしろかった。すべては「好き」「嫌い」です。これが大前提。

●M山Y美さんからお便りをいただきました「謎の毒親」について。M山さんのお手紙は2017・12・28付に詳しく紹介させていただきましたので、ここでは「謎の毒親」を読んでつまらないと思うケースについて述べようと思います。↑のように、どんなものにも人は、「好き・嫌い」を、程度の差はあれ、感じるわけですから。

●「謎の毒親」は、14才〜30才だと「つまらない」と思います。この時期は「若い人」です。今の自分が親とどう向かい合えばいいのか、そしてこれから自分がどうしていけばいいか、に注意が向いているからです。それが若いということですからね。 

 でも、あるていどの年になると(若者という年齢ではなくなると)、自分が対してき「た」親に注意が向く。自分がここまで来た時間、自分の来し方に注意が向く。すると、あのときの自分、そして、あのときの自分のそばにいた親、というものが掴めてくる。掴めることで、ここまで生きてきた自分を感じなおせる。

「謎の毒親」に出てくる家そのままの体験をした人はいない。でも、親に対する違和感としての質が同じだった体験をした人はたくさんいるはずです。なぜなら、親というのは…、ここに100人の人がいたとしたら100人の親全員が、ある意味、「課題」です。課題を乗り越えて人は大人になります。

 さらに100人のうち、50人の親は、「毒」です。子供を産んだとたん性格が変わるわけではありません。とくに男は膣から大きな物を出しませんので、子供ができたという肉体の感覚は皆無です。子供というものを得て、親たち自身も徐々に変わっていくのだと思います。たいていの人は自然に変わってゆきます。しかし中には、子供を授かる前から、その人の経験(人生)における体験がもたらしたいびつな部分があって、そのいびつな部分を子供に与えてしまうことがある。こういうことは、ちっともめずらしいことじゃない。

 さらにこの50人のうち15人の親が「虐待親」です。これは形に見える害を及ぼすケースです。これはひどい。受けた子供は大変です。現代社会ではさまざまな取り組みがなされています。如実に成功をしてはいないものの。

 で、こうかした明確な虐待の問題とは別に、スーザン・フォワードは「気づかれないでいるけど、目に見えない毒を、本人も知らずに子供に与えているケースもある」として「毒になる(なってしまう)親」についてのケースをまとめました。チクロとか防腐剤とか、たんなる塩だって一回の食事での摂取量が多い場合、それが恒常的な食事(塩分の強い食事)であれば、ひたひたと毒になります。

 スーザン・フォワードの著書が売れて「毒親」という言葉が普及しました。心理学的に、あるいは心理学史的には、もっと細かな分類がありましょうし、フォワードの本一冊だけで「毒親」の定義をするのも苦しいのではありますが、ともかくも彼女の著書が「毒親」という語の普及のきっかけだったので、ここでは大雑把に述べますが、「毒親」の場合は、「虐待親」とちがって、ほとんどは世間的にはとてもいい親に見えている場合が多い。

●ところが、もっか、「毒親」という言葉が普及しすぎて、↑このような意味ではなくなって、子供を虐待する親と混乱されてしまっているところがあります。すると、「毒親」というタイトルの文字に、「きっと、虐待された人の話だ」「虐待をされたけど、こうやって乗り越えたという勇気がわいてくる本だ」と期待がまんまんになります。若いと。

 若いときは、めずらしいことじゃないことが書いてあると、つまらない、と思いがちです。めずらしいこと、非日常に注意が向いているし、そこから力を得たいと思う傾向があるからです。

 若くなくなると、めずらしいことじゃないこと(自分も体験してきたこと)を、どう自分の心中で整理するかに注意が向くようになりますよね。というわけで、「謎の毒親」をつまらないと思った人がいたとしたら、こうしたことが理由だと推測されます。

……と浜松市のM山Y美さんのお便りを読み、思ったしだいです。

profile

姫野カオルコ =作家。独特の筆致で読者男女比は同数(大手書店調べ)。非大衆的な作風ながら第150回直木賞受賞。連絡先は公式サイトhttp://himenoshiki.com/の《連絡方法》から。(注・ツイッターとブログの管理運営はKOGA工房なのでリツィートするとKOGA工房に届くのみ)

静岡県浜松市、M山Y美 様 fm姫野カオルコ(=姫野嘉兵衛)

ブログを読んでくださっている皆様。 浜松市のM山Y美さんという読者の方からお手紙をいただきました。Y美さん、お手紙ありがとうございましたお辞儀 浜松市といえば1990年代、駅前の第一勧銀ではBGMが小椋桂だったんですよね?

Y美さんのお手紙、私のほうもとても励まされましたので、ご紹介させてください。

 

拝啓。姫野カオルコ様。「謎の毒親」を読みました。読んでいて、気持ちがふわ〜っと、じわ〜っとシューっと癒されていくのがわかりました。癒しというと、最近の使われ方から軽い調子になってしまうのですが、本当に癒されました。

とくに児玉清人さんの返信が、理解してほしいことを理解してくれ、言ってほしいことを言ってくれ…とはいっても、よくみんなが言う「こちらの言ってほしいこと」ではなく、そうした「言ってほしいこと」よりも想定を越えた「言ってほしいこと」なので、本当に気持ちが癒されるのです。

 

また東華菜館の于周忠さんの手紙は、冷静で、というか現実的な想像を組み立てたしごく論理的な回答で、接客のプロだと少し笑ってしまうと同時に、于周忠さんの個人的な配慮もあって、すごく素敵でした。

……>あのお手紙は、本当に東華菜館の若社長さんからいただいたお手紙なのです。ご本人に許可を得て引用させていただきました。微調整は加えましたが。先日、滋賀県立高校3−7の友人といっしょにお店にごはんを食べにいきましてお目にかかりました。2年前にも一度、「週刊新潮」の撮影でお目にかかったことがあり、二度目の対面でした。40代の若社長さんです。3−7の友人たちは「おもしろい方だ」と若社長さんのいらっしゃるあいだずっと笑いが絶えませんでした。おそらくお客様の前では接客モードなのだと思います。というのは、取材でお目にかかったときは、とても内省的で物静かで、数時間のうちに、あの手紙をしたためて、私にくださったのですから。ヴォーリスさんの建築のすばらしい建物ですので、Y美さんも機会があったら行かれてください。味は、コースを頼むと万人受けの味つけ使用。アラカルトでたのんでシェアするとそれぞれの料理に個性があるかんじ…かな。なにせ私が行ったのは「謎の毒親」のころに1回、新潮の取材時に1回、3−7のみんなで1回、計3回しかなく、その3回のうち1回はあんな事件(?)になったし、取材のときは写真をとったりするので味を味わうというかんじではなく、最近の1回は同級生としゃべるのに忙しくて、味についてははっきり言って、3回とも注意が味に向いていませんでしたので、詳しく書けません(T_T)

 

作中にもありましたが、明確な悲劇でない出来事は、日常会話では相手にまったく伝わりません。やはり小説のように、ある程度のスパン(1日とか、1週間、数ヶ月など)の出来事、関わった人物の詳述などして、かつ読解力や想像力があり、感受性の強い人に読んでもらわなければ伝わらないと思います。※

……>そうなんですよね…。「ぼくは母親と、母親の再婚相手の男(戸籍上の義父)から、殴られてばかりいた。ひどいときには弁当箱に生のにんじんだけが入っていた」というような出来事は、とても悲惨だし、聞いた人も、その悲惨が「すぐにわかる」。そして、そうした悲惨な体験は、ほんとうに乗り越えるのがたいへんなことです。こうした体験を子供にさせる親は、「虐待親」で、こうした体験ではないのだけど、むしろ、一見、とてもよい親に世間の人からは見えるのだけど、「ひそかに」こわい影響を与えている親を、「毒親」と命名したのが、「毒親」の著者、スーザン・フォワードです。

精神医学の専門的な分類を、私は的確に正確に、ここに述べることはできないのですが、現在の日本では「毒親」や「アダルトチルドレン」と、「虐待親」「家庭内暴力」の区別がはっきりせず、日本人にとっては最もおぼえやすかった「毒親」という言葉だけが突出して普及しているように思います。

本を世の中に出すとき、とりあえずジャンルが一目瞭然であるようにするのが先決なので、「毒親」という語をタイトルに入れました。

「謎の毒親」は…(注)この話、長くなったので、ここは別枠で。

 

※私(姫野注、Y美さんのこと)も描けばよいと思うこともありますが、つらいことを思い出して、過不足なく書くのはたいへんなことだし、もし誰かに読んでもらって、ふーんで終わってしまったら傷つくだけですよね。

この本で姫野カオルコさんが過去の詳述をやってのけ(偉そうで申しわけありません。また、やはりすべてを書き切れていないだろうとも思います)、それに対するほしかった回答も書いてくださり、よかった、すごい、と思いました。

文容堂のみなさんの回答も、おそらく、姫野さんの頭の中で繰り返し繰り返し、問いと答えを求めつづけた軌跡なのだろうと思います。

…>そういう部分(私の中で繰り返し問いと答えを求めた)もあります。が、この小説は、もともと「ヨムヨム」に連載されたもので、毎回、「ヨムヨム」のツイッターに寄せられたコメントや、編集部内でのコメントもあったのです。

 

私(姫野注・Y美さん)も、(世間の)御名にわかってもらう必要はない。姫野さんの書いたこの一冊にわかってもらえたらよいと、今、思っております。また傷がひらいたときは、この本を読んで癒そうと思います。ありがとうございました。

☆追伸☆

姫野さんに倣って、数年前、親指シフトのパソコンを購入しましたが、今までの入力に慣れてしまっているので、なかなか使いこなせません。とくに「 」の出し方、! の出し方…などがわかりません。

…>長くなったので、これについては別日にしませう。

M山Y美さん、こちらこそ、ありがとうございました。2017・12・28 姫野カオルコ(姫野嘉兵衛)手紙

愛知県北名古屋市沖村、S田Y枝様 fm姫野カオルコ(姫野嘉兵衛)

手紙  北名古屋市のS田Y枝様

松崎あけみさんの便箋でのお手紙ありがとうございました。

松崎さんは、「リリー」でデビューされたとき、まつざき・あけみ、とひらがなだったと思います。「この人、大好き」と思った絵柄でした。私が小6のころで、そのころは忠津陽子のような絵柄がもっとも売れ線(もっとも人気)だったので、まつざきさんの絵柄は、「なんともいえず古風(いい意味で)な、懐かしいタッチ」でした。すぐに初連載「タイム・デイト」が始まったんじゃないかな。主人公が、このタッチで描かれていて、かわいかったー!

「ああ懐かしの少女漫画」(講談社文庫)にも書きましたが、私が少女漫画に没頭したのは5才〜12才。とくに10才〜11才が「耽溺」というかんじで没頭していました。でも、たいていの人は15才ごろに没頭したものを記憶にとどめるため、同世代の人と「懐かしの少女漫画」の話をしても、まったくかみわないのが悲しいところです。

よいお年をおむかえくださいますように。

2017・12・27 姫野カオルコ(姫野嘉兵衛)手紙

 

●KOGA工房よりおしらせ(姫野カオルコ公式サイト「連絡方法」を下記にコピー&ペーストしておきます)

(3) ファンレター(愛読者カード)

ファンレターを出したいけどうまく書けない、書き方がよくわからないという場合、下記に愛読者カードを作成してみました。
Q1=〜、Q2=〜、Q3=〜 …と、順にアンケート回答するだけでも応援になりますのでどうぞ。はがきでも便箋でもかまいません。(byサイト管理人)

(注)危険物が入っていないかのみチェックされます。
(注)プレゼント品を送るのは、多忙な編集部では行方不明になる場合もあるので避けて下さい。

(注)同級生や御親類の方は、「姫野カオルコ公式サイト」→連絡方法→→(4)に詳しく出ていますので、(4)を御参照下さい

《 宛て先編集部例
〒105-0012 徳間書店・文芸書籍編集部気付 姫野カオルコ様
浅田次郎、廊下で会う、tw姫野カオルコ(姫野嘉兵衛)

昨日12月26日、文春に用事があって行ったら廊下で偶然、浅田次郎さんに会った。「これからインタビューを受けるんだよ」とおっしゃっていた。出版社に行くことはときどきあるが、このように廊下で作家に会うということはまずなく(これまで一度もなかったような気がする※)、めずらしいことだった。

※打ち合わせ専用フロアみたいなとこだと、同じ時に同じフロアにいるのかもしれないが、離れているし、ほとんどの作家も編集者も近眼なので、わからない。