姫野カオルコ(嘉兵衛)のブログ…運営&宣伝=KOGA工房

★小説家。嘉兵衛は雅号。「嘉兵衛」で「かおるこ」と読む。
 
ちょっと前のもの
 
豊本、東京03、女の子、tw姫野カオルコ(姫野嘉兵衛)

https://news.yahoo.co.jp/pickup/6266594

おめでとうございます。豊本さんの「女役」は、簡単な扮装にもかかわらず、ものすごく「女」に見える。あれはドウにイッテます。すばらしいです。これからは、娘さんの様子(女の子は「ママ」が言えるようになったら、もう「女」に成長しますので)を観察されて、さらに女役にみがきをかけ、エンタティナーとして、芸人史に残る芸人におなりになることを……ほんとに陰の陰の陰の陰の陰ながら応援いたします。豊本さんだけでなく、東京03、がんばれ!♪とよもと、いるよ、どこかなー、どこかなー♪ の歌もいいですね。角田晃広さんの作曲なのかしらね。。。tw姫野カオルコ(姫野嘉兵衛)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A7%AB%E9%87%8E%E3%82%AB%E3%82%AA%E3%83%AB%E3%82%B3

 

「謎の毒親」つまらない、その理由 

●「謎の毒親」にかぎらず、本も映画も演劇も絵画も、すべては「その人の感覚に合う」かどうかで「いい」とか「好き」が決まります。もっと正確に言うなら、「その人の、その時の(その年齢の、ある一時期の)感覚に合う」かどうかで。極端な例ですと〃風邪で頭がすごく痛いときに、何かの映画を見た。おもしろくなかった。でも風邪がなおってから見たら、おもしろかった。〃というようなこともあります。ガツンとくる、とか、ジンとするとか、好き、よかった、おもしろかった。すべては「好き」「嫌い」です。これが大前提。

●M山Y美さんからお便りをいただきました「謎の毒親」について。M山さんのお手紙は2017・12・28付に詳しく紹介させていただきましたので、ここでは「謎の毒親」を読んでつまらないと思うケースについて述べようと思います。↑のように、どんなものにも人は、「好き・嫌い」を、程度の差はあれ、感じるわけですから。

●「謎の毒親」は、14才〜30才だと「つまらない」と思います。この時期は「若い人」です。今の自分が親とどう向かい合えばいいのか、そしてこれから自分がどうしていけばいいか、に注意が向いているからです。それが若いということですからね。 

 でも、あるていどの年になると(若者という年齢ではなくなると)、自分が対してき「た」親に注意が向く。自分がここまで来た時間、自分の来し方に注意が向く。すると、あのときの自分、そして、あのときの自分のそばにいた親、というものが掴めてくる。掴めることで、ここまで生きてきた自分を感じなおせる。

「謎の毒親」に出てくる家そのままの体験をした人はいない。でも、親に対する違和感としての質が同じだった体験をした人はたくさんいるはずです。なぜなら、親というのは…、ここに100人の人がいたとしたら100人の親全員が、ある意味、「課題」です。課題を乗り越えて人は大人になります。

 さらに100人のうち、50人の親は、「毒」です。子供を産んだとたん性格が変わるわけではありません。とくに男は膣から大きな物を出しませんので、子供ができたという肉体の感覚は皆無です。子供というものを得て、親たち自身も徐々に変わっていくのだと思います。たいていの人は自然に変わってゆきます。しかし中には、子供を授かる前から、その人の経験(人生)における体験がもたらしたいびつな部分があって、そのいびつな部分を子供に与えてしまうことがある。こういうことは、ちっともめずらしいことじゃない。

 さらにこの50人のうち15人の親が「虐待親」です。これは形に見える害を及ぼすケースです。これはひどい。受けた子供は大変です。現代社会ではさまざまな取り組みがなされています。如実に成功をしてはいないものの。

 で、こうかした明確な虐待の問題とは別に、スーザン・フォワードは「気づかれないでいるけど、目に見えない毒を、本人も知らずに子供に与えているケースもある」として「毒になる(なってしまう)親」についてのケースをまとめました。チクロとか防腐剤とか、たんなる塩だって一回の食事での摂取量が多い場合、それが恒常的な食事(塩分の強い食事)であれば、ひたひたと毒になります。

 スーザン・フォワードの著書が売れて「毒親」という言葉が普及しました。心理学的に、あるいは心理学史的には、もっと細かな分類がありましょうし、フォワードの本一冊だけで「毒親」の定義をするのも苦しいのではありますが、ともかくも彼女の著書が「毒親」という語の普及のきっかけだったので、ここでは大雑把に述べますが、「毒親」の場合は、「虐待親」とちがって、ほとんどは世間的にはとてもいい親に見えている場合が多い。

●ところが、もっか、「毒親」という言葉が普及しすぎて、↑このような意味ではなくなって、子供を虐待する親と混乱されてしまっているところがあります。すると、「毒親」というタイトルの文字に、「きっと、虐待された人の話だ」「虐待をされたけど、こうやって乗り越えたという勇気がわいてくる本だ」と期待がまんまんになります。若いと。

 若いときは、めずらしいことじゃないことが書いてあると、つまらない、と思いがちです。めずらしいこと、非日常に注意が向いているし、そこから力を得たいと思う傾向があるからです。

 若くなくなると、めずらしいことじゃないこと(自分も体験してきたこと)を、どう自分の心中で整理するかに注意が向くようになりますよね。というわけで、「謎の毒親」をつまらないと思った人がいたとしたら、こうしたことが理由だと推測されます。

……と浜松市のM山Y美さんのお便りを読み、思ったしだいです。

profile

姫野カオルコ =作家。独特の筆致で読者男女比は同数(大手書店調べ)。非大衆的な作風ながら第150回直木賞受賞。連絡先は公式サイトhttp://himenoshiki.com/の《連絡方法》から。(注・ツイッターとブログの管理運営はKOGA工房なのでリツィートするとKOGA工房に届くのみ)

静岡県浜松市、M山Y美 様 fm姫野カオルコ(=姫野嘉兵衛)

ブログを読んでくださっている皆様。 浜松市のM山Y美さんという読者の方からお手紙をいただきました。Y美さん、お手紙ありがとうございましたお辞儀 浜松市といえば1990年代、駅前の第一勧銀ではBGMが小椋桂だったんですよね?

Y美さんのお手紙、私のほうもとても励まされましたので、ご紹介させてください。

 

拝啓。姫野カオルコ様。「謎の毒親」を読みました。読んでいて、気持ちがふわ〜っと、じわ〜っとシューっと癒されていくのがわかりました。癒しというと、最近の使われ方から軽い調子になってしまうのですが、本当に癒されました。

とくに児玉清人さんの返信が、理解してほしいことを理解してくれ、言ってほしいことを言ってくれ…とはいっても、よくみんなが言う「こちらの言ってほしいこと」ではなく、そうした「言ってほしいこと」よりも想定を越えた「言ってほしいこと」なので、本当に気持ちが癒されるのです。

 

また東華菜館の于周忠さんの手紙は、冷静で、というか現実的な想像を組み立てたしごく論理的な回答で、接客のプロだと少し笑ってしまうと同時に、于周忠さんの個人的な配慮もあって、すごく素敵でした。

……>あのお手紙は、本当に東華菜館の若社長さんからいただいたお手紙なのです。ご本人に許可を得て引用させていただきました。微調整は加えましたが。先日、滋賀県立高校3−7の友人といっしょにお店にごはんを食べにいきましてお目にかかりました。2年前にも一度、「週刊新潮」の撮影でお目にかかったことがあり、二度目の対面でした。40代の若社長さんです。3−7の友人たちは「おもしろい方だ」と若社長さんのいらっしゃるあいだずっと笑いが絶えませんでした。おそらくお客様の前では接客モードなのだと思います。というのは、取材でお目にかかったときは、とても内省的で物静かで、数時間のうちに、あの手紙をしたためて、私にくださったのですから。ヴォーリスさんの建築のすばらしい建物ですので、Y美さんも機会があったら行かれてください。味は、コースを頼むと万人受けの味つけ使用。アラカルトでたのんでシェアするとそれぞれの料理に個性があるかんじ…かな。なにせ私が行ったのは「謎の毒親」のころに1回、新潮の取材時に1回、3−7のみんなで1回、計3回しかなく、その3回のうち1回はあんな事件(?)になったし、取材のときは写真をとったりするので味を味わうというかんじではなく、最近の1回は同級生としゃべるのに忙しくて、味についてははっきり言って、3回とも注意が味に向いていませんでしたので、詳しく書けません(T_T)

 

作中にもありましたが、明確な悲劇でない出来事は、日常会話では相手にまったく伝わりません。やはり小説のように、ある程度のスパン(1日とか、1週間、数ヶ月など)の出来事、関わった人物の詳述などして、かつ読解力や想像力があり、感受性の強い人に読んでもらわなければ伝わらないと思います。※

……>そうなんですよね…。「ぼくは母親と、母親の再婚相手の男(戸籍上の義父)から、殴られてばかりいた。ひどいときには弁当箱に生のにんじんだけが入っていた」というような出来事は、とても悲惨だし、聞いた人も、その悲惨が「すぐにわかる」。そして、そうした悲惨な体験は、ほんとうに乗り越えるのがたいへんなことです。こうした体験を子供にさせる親は、「虐待親」で、こうした体験ではないのだけど、むしろ、一見、とてもよい親に世間の人からは見えるのだけど、「ひそかに」こわい影響を与えている親を、「毒親」と命名したのが、「毒親」の著者、スーザン・フォワードです。

精神医学の専門的な分類を、私は的確に正確に、ここに述べることはできないのですが、現在の日本では「毒親」や「アダルトチルドレン」と、「虐待親」「家庭内暴力」の区別がはっきりせず、日本人にとっては最もおぼえやすかった「毒親」という言葉だけが突出して普及しているように思います。

本を世の中に出すとき、とりあえずジャンルが一目瞭然であるようにするのが先決なので、「毒親」という語をタイトルに入れました。

「謎の毒親」は…(注)この話、長くなったので、ここは別枠で。

 

※私(姫野注、Y美さんのこと)も描けばよいと思うこともありますが、つらいことを思い出して、過不足なく書くのはたいへんなことだし、もし誰かに読んでもらって、ふーんで終わってしまったら傷つくだけですよね。

この本で姫野カオルコさんが過去の詳述をやってのけ(偉そうで申しわけありません。また、やはりすべてを書き切れていないだろうとも思います)、それに対するほしかった回答も書いてくださり、よかった、すごい、と思いました。

文容堂のみなさんの回答も、おそらく、姫野さんの頭の中で繰り返し繰り返し、問いと答えを求めつづけた軌跡なのだろうと思います。

…>そういう部分(私の中で繰り返し問いと答えを求めた)もあります。が、この小説は、もともと「ヨムヨム」に連載されたもので、毎回、「ヨムヨム」のツイッターに寄せられたコメントや、編集部内でのコメントもあったのです。

 

私(姫野注・Y美さん)も、(世間の)御名にわかってもらう必要はない。姫野さんの書いたこの一冊にわかってもらえたらよいと、今、思っております。また傷がひらいたときは、この本を読んで癒そうと思います。ありがとうございました。

☆追伸☆

姫野さんに倣って、数年前、親指シフトのパソコンを購入しましたが、今までの入力に慣れてしまっているので、なかなか使いこなせません。とくに「 」の出し方、! の出し方…などがわかりません。

…>長くなったので、これについては別日にしませう。

M山Y美さん、こちらこそ、ありがとうございました。2017・12・28 姫野カオルコ(姫野嘉兵衛)手紙

愛知県北名古屋市沖村、S田Y枝様 fm姫野カオルコ(姫野嘉兵衛)

手紙  北名古屋市のS田Y枝様

松崎あけみさんの便箋でのお手紙ありがとうございました。

松崎さんは、「リリー」でデビューされたとき、まつざき・あけみ、とひらがなだったと思います。「この人、大好き」と思った絵柄でした。私が小6のころで、そのころは忠津陽子のような絵柄がもっとも売れ線(もっとも人気)だったので、まつざきさんの絵柄は、「なんともいえず古風(いい意味で)な、懐かしいタッチ」でした。すぐに初連載「タイム・デイト」が始まったんじゃないかな。主人公が、このタッチで描かれていて、かわいかったー!

「ああ懐かしの少女漫画」(講談社文庫)にも書きましたが、私が少女漫画に没頭したのは5才〜12才。とくに10才〜11才が「耽溺」というかんじで没頭していました。でも、たいていの人は15才ごろに没頭したものを記憶にとどめるため、同世代の人と「懐かしの少女漫画」の話をしても、まったくかみわないのが悲しいところです。

よいお年をおむかえくださいますように。

2017・12・27 姫野カオルコ(姫野嘉兵衛)手紙

 

●KOGA工房よりおしらせ(姫野カオルコ公式サイト「連絡方法」を下記にコピー&ペーストしておきます)

(3) ファンレター(愛読者カード)

ファンレターを出したいけどうまく書けない、書き方がよくわからないという場合、下記に愛読者カードを作成してみました。
Q1=〜、Q2=〜、Q3=〜 …と、順にアンケート回答するだけでも応援になりますのでどうぞ。はがきでも便箋でもかまいません。(byサイト管理人)

(注)危険物が入っていないかのみチェックされます。
(注)プレゼント品を送るのは、多忙な編集部では行方不明になる場合もあるので避けて下さい。

(注)同級生や御親類の方は、「姫野カオルコ公式サイト」→連絡方法→→(4)に詳しく出ていますので、(4)を御参照下さい

《 宛て先編集部例
〒105-0012 徳間書店・文芸書籍編集部気付 姫野カオルコ様
浅田次郎、廊下で会う、tw姫野カオルコ(姫野嘉兵衛)

昨日12月26日、文春に用事があって行ったら廊下で偶然、浅田次郎さんに会った。「これからインタビューを受けるんだよ」とおっしゃっていた。出版社に行くことはときどきあるが、このように廊下で作家に会うということはまずなく(これまで一度もなかったような気がする※)、めずらしいことだった。

※打ち合わせ専用フロアみたいなとこだと、同じ時に同じフロアにいるのかもしれないが、離れているし、ほとんどの作家も編集者も近眼なので、わからない。

宮城県大崎市、井〇佳〇様 fm姫野カオルコ(姫野嘉兵衛)

手紙

大崎市のI〇佳〇様。 いつもお手紙をありがとうございます。「エンジェル・アット・マイテーブル」がお近くのレンタルショップにないとのことですが、TSUTAYAですと、たしかフラッグ店舗から借りてもらえる予約ができたように思います。いまはこのシステムがどうなっているのか、やや不安ですが。少なくとも私は、この方法で、フラッグ店舗からとりよせてもらい(送料とか手数料が300円ほどかかりますが、見る代金は100円ですし、ロードショー館に映画を見にいくよりはずっと安い)何度かみたことがあります。

「怪奇大作戦」とか「ザ・ガードマン」とか大量に家に持っておくのがたいへんなものは、このシステムは助かります。

…と思っていたら、やはり、世の中のみなさんも「お金を出すのがいやなのではなく、持っているのがたいへん」と思われるようで、今では、TSUTAYAやAmazonなどで、ネットでダウンロードして見るようになってきましたね。私は世代が古いので、このシステムをまだ使ったことないのですが、これだと古いマイナーなものも見られる(とくに名作TVドラマとかドキュメンタリーとか)ので、これから使ってみようと思います。

 

個人的に私は50を過ぎたら、どんどん所有物を処分していって、極力、ものが少ない部屋で寝食するのをめざしているので、絵を自分の部屋に飾るより、展覧会にいって、ゆっくりと眺めていたいですね。年配者の多くがそうではないかな。ちがうのかな。

たとえば、音楽アーティストのcdを何十枚セットで売り出すと同時に、並行して、cd何十枚ぶんを、アクセスしたらいつでも聞けるアクセス権というのを売り出してほしいなあ。たとえそっちが割高だろうとも。

 

さて「エンジェル・アット・マイ・テーブル」ですがレンタルビデオですと、字幕が戸田奈津子さんの訳ではないのです。この映画は、戸田さんの訳がすばらしかったのです。とくにラストがすばらしかったのです。レンタルのものはラストの訳が変わっていて、それがちょっと残念でした。

「プリティ・ウーマン」については…、

●映画館でお金を払って見たのではない。●レンタルでもなく、ケーブルTVでもない。 ●TVのなんかの映画放映枠で見た ●

しっかりみたのではなくて、なんかしながら見た(電話とか、メールとか)  ●この状況で見て、ドレスとかバッグとかすてきで、たのしそうだった

この項目にすべて「YES」がつく人が圧倒的に多いと思います。

この状況で見て「なんとなくたのしそうだった、音楽もよかった、ジュリア・ロバーツのファッションもきれいだった〜」という感想を抱くのは、すこしもおかしなことではないと思います。

 

眼の具合はいかがでしょうか。お大事になさってください。よいお年をお迎えください。

2017・12・27

〒102-8078 

(株)KADOKAWA 角川書店BC
第一編集局第二編集部気付  姫野カオルコ(姫野嘉兵衛)手紙

新宿区市ヶ谷、塩〇加〇様 fm姫野カオルコ(=姫野嘉兵衛)

手紙塩〇加〇様。

お手紙ありがとうございました。ちょっとした異性との出会いがあって(一目惚れとか、ドッキンとしたとかいうのではなくて)、ちょっと飲みに行こうと言われ、来週がその日…みたいなことがあるのは50才までです。50才以上になっても、もちろんありますし、恋愛するという出会いもあるのですが、なんというか、そういうことが「ぱた、ぽん、ぱた」と、日常にまいこんでくるのは、50才以下ならではです。(そういうことがなくなる50才以上が、ものさびしいかというと、それはまた、もっとちがうたのしみができるので、ご心配なく)

その方と飲みにいかれてどうでしたか?今の年齢をエンジョイしてくださいね。

2017・12・27

101-8050
集英社 文庫編集部気付 姫野カオルコ(姫野嘉兵衛)

柴犬の子犬が表紙の新刊文庫、12/6発売開始 

「近所の犬」、文庫になりました。本日より全国書店で発売開始です。近くに本屋さんや図書館のない方は、お近くのセブンイレブンのレジで、〃「近所の犬、幻冬舎(げんとうしゃ)、姫野」を受け取りたい〃と言えば、翌日くらいには受け取れます。送料無料。表紙などは「姫野カオルコ(姫野嘉兵衛)公式サイト」で↓

http://himenoshiki.com/

公式サイト・最近況↓

http://himenoshiki.com/himefile/info.htm

「ツ、イ、ラ、ク」脚本、使って下さい、募集、中野太、柏原寛司、裁判etc. fm姫野カオルコ 

●「ツ、イ、ラ、ク」を映像化したい人がいらっしゃいましたら御連絡下さい。

これまでも、この著書には映画化企画をいただいてまいりましたが、実現が叶いませんでした。その理由は、二時間の映画にするために、原作の「あらすじ」になってしまい、そうなると、主演俳優(とくに男)の事務所が「こんな役を、うちがこれから売り出したい若手の××にさせるとイメージダウンになる」と断ってきたり、なにかと問題が出てくるからでした。

私は、映画と小説は=映像と活字は、「別の表現方法」だと考えております。なので、拙著にかぎらず、どんな小説も、映像化するなら、映像化に特化した換骨奪胎が必要になると思います。

●映画と原作者でモメるケースがありますが、私が思うに、「あらすじ」にするから、「こんな改変はいやだ」と著者が言うのではないでしょうか。改変がいやなのではないと思います。エッセンスが変わっていなければ、映像化に向けた作品改変に対して著者 がいやがることは、そうないように思うのですが…。

●すこし前のことになりますが、シナリオ作家協会さんから「原作と同じじゃなきゃダメですか?」という本を受け取りました。それは、映画「やわらかい生活」脚本の年間代表シナリオ集への原作者による収録・出版拒否事件の裁判についてのアンケートが、多くの人に送付され、うち、回答した人に送られたもののようです。私はアンケートを受け取ったさいに、このアンケートに頻出した「下流」「上流」という語句を、どういう意味で用いているのかがわからず、もしかして裁判用語かと、弁護士事務所に質問しに行ってまで回答しようとしたのですが、結果的には「よくわかりません」というような回答になってしまいました。なぜかというと、片方の思いは詳しく記載されているが、もう片方の思いは何も記載されていないので、回答しようがなかったからです。

●このケースについてはよくわかりませんが、ある活字原作を映像化するには、映像化に特化した改変は当然必要だと、私は思うので、それを原作者と映像化サイドで、あらかじめよく話し合いができていれば、あとはもう、餅は餅屋におまかせになると思うんですが、ちがうんでしょうか。

●「ちがいますよ」と言われたことがあります。「改変するには力量が必要なので、だれにでもできるわけではない」と。はっとしました。力量のある人は脚本家にはたくさんおられます。あたりまえです。プロなんだから。でも力量を発揮するには熱情がいる。熱情、モチベーションがいる。それは、愛が産む。「夏目龍之介さんの〃河童の猫である〃が芥直賞をとりましたから映画化します。はい、あなた、〃河童の猫である〃を読んで、脚本にしてね」と言われたからって、言われた脚本家が、その作品が好きでなかったら、エッセンスを残した改変なんてできません。これまたあたりまえのことです。

賞をとった=出資者がいる=映画化できる=脚本書ける人さがそう という流れだと、脚本はおうおうにして「あらすじ」になってしまい、原作者は「いやだ」と思う…ということになるんじゃないかな。

●映画は金がかかる。だから金を出資させようとしたら、どうしても賞をとったものになる。これがよくない結果になる理由ですね。脚本家や監督が惚れた原作を映画化するなら、そのときにどんなに大きな改変があろうとも、「映画は映画、原作は原作」とみんな(観客も含め)思うのではないかと、うーん、楽観的すぎるかなあ。「受難」は原作とはかなりかなり違ってますが、プロデューサーや脚本・監督の愛情を強く感じたので、私は改変はちっとも気になりませんでしたが。(宣伝の仕方には首をかしげたけど)。

●…というわけでですね。もし「ツ、イ、ラ、ク」が好きで映画化したいという人がいらしたら、ご連絡ください。映画化に特化した改変(脚本)の叩き台を、このたび私、もう自分で作りましたので。

連絡先は、「姫野カオルコ・公式サイト」です。

姫野カオルコ公式サイトトップ→「連絡方法」→(1)ビジネスオファー→KADOKAWAです。

お待ちいたしております。

同社からも公式にオファー募集されているので、詳しくは私などよりKADOKAWAに、お問いあわせください。

Tel:03-3238-8555
Fax:03-3262-7646
 

〇同時募集で、森漱石原作((;^_^A)の「高瀬舟、それから」を完全にエロ特化で映像化したいという方がいらしたら、それもご連絡ください。「高瀬舟、それから」は、「桃、もうひとつのツイラク」という文庫に収録されています。単行本じゃなくて文庫のほうです。

https://www.amazon.co.jp/dp/B015GMOHT6/ref=dp-kindle-redirect?_encoding=UTF8&btkr=1

 

(2017年2月13日ブログ再アップ)

 

 

クレイジーケンバンド、生、カウリスマキ監督 tw.姫野カオルコ(姫野嘉兵衛)

クレイジーケンバンドを見に行く。この日までには原稿は完成しているはずだったのだが(T_T)

よく作中に「都会的」「田舎臭さの反対」として形容に用いる横山剣。かっこいい。しびれるかっこよさ。服や外見を似せるならかんたんだが、ぜったい他人はこの人のまねできない。あのかっこよさは。生で聴く「あるレーサーの死」は圧巻であった。剣さんの生の声で「奥さん」を聞きたかったが、この曲をしなかったのはちょっと残念だったが、小野瀬さんと握手してもらえたからうれしかった。小野瀬さんカウリスマキのファンなので。それではみなさんアキ・カウリスマキ監督でクレイジーケンバンドをどうぞ=「過去のない男」

https://www.youtube.com/watch?v=XtOTCmecCf8&feature=youtu.be