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(姫野カオルコtw.)ワンハリのころ、幽霊探偵ホップカーク
幽霊探偵ホップカークは水曜で声は愛川欽也だった。
「声・愛川欽也」という印刷はTVの日常だった。

(☆2009年10月ブログ再録)






幽霊探偵ホップカークは水曜で声は愛川欽也だった。
「声・愛川欽也」という印刷文字はTV欄の日常だった。
埼玉県の進学校、浦和高校を出た愛川欽也は1972年に「じんじろげの詩」で大ブレイクした。
1972年にはキンキンはヤングのアニキだった。
オーケン(大槻ケンヂ)のように、深夜ラジオを通じてのアニキとして、キンキンは絶大な人気があって関連グッズや書籍も売れ、キンキン語録のようなものも大流行りした。

こんなふうに、1972年のころの話をすると、いつもとても驚かれる。
「えっ、だって、愛川欽也ってTVの司会してる人でしょう? 『なるほど・ザ・ワールド』っていうの、子供のころ見てたわ」
とかなんとか。

「そのころを知らない」ということは、とても大きな差だ。
世代というのは、いろいろな人事物の「そのころ」を知っていることで分ける集合なのである。

「5年ひばり組」
「空中都市008」
「キャプテン・ウルトラ」
「お荷物小荷物」
アニメ「カムイ外伝」に唯一、セックスシーン(ラブシーン)があったこと。
こういうことを知っている人で、かつ、インターネットを日常的に使う人は、日本に8人(くらい)しかいない。

よって、このサイトを「8人だけが見ているサイト」と読んでいる。

8人のみなさん。
愛川欽也といえば、司会者じゃなくて、深夜ラジオのアニキでもなくて、
「声・愛川欽也」でしたよね。

持ち役はジャック・レモンでした。
同級生は1970年代のことはおぼえているが、1960年代のことを忘れている。なんでなんだろう。

私は1960年代のことばかりおぼえている。
「声・愛川欽也」という新聞のTV欄の表示は日常でした。

毎週水曜に『幽霊探偵ホップカーク』というのがあった。
「ゆう〜〜れ〜〜い(幽霊)」
独特のかすれ方をする声で愛川欽也は叫んでいた。

木曜の『巨人の惑星』より、ホップカークのほうが好きだったのだけれど、ただ、それでもいまいち、夢中にならなかったドラマではあった。

それでも、水曜になると、愛川欽也の声を思い出す。
水曜の夜の8時になるとね。

(☆2009年10月ブログ再録)
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