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★小説家。嘉兵衛は雅号。「嘉兵衛」で「かおるこ」と読む。
 
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司馬遼太郎と姫野カオルコ、恋愛小説は嫌いだ by小早川正人 続きはhttp://only5.himenoshiki.com/ 
〃司馬遼太郎と姫野カオルコ〃は似ている〃
text by 小早川正人

まず最初に申し上げるべきは、私は出版社に勤務する編集者であり、
一男性読者として率直にこの先を書くということである。

私の年齢は四十四歳。担当するジャンルは学術書系統。
べつに不正を働かんとするわけではないが、
生来が小心なので名前は仮のものにさせていただいた。

「本を読むのが好きな人は、昔から日本でも外国でも少ないです。
とくに小説は少ないです。なので小説はものすごく小さい市場での商売です」
こう言ったのは姫野カオルコである。このとおりである。

編集者でありながら正直に告白するが、
私は小説を読むのが好きではない。
嫌いだとは言わないのは、好きな小説もあるからである。

好きな小説はあるが、めったに私が好きだと思う小説に出会わない。
だから好きではないと言う。
とりわけ恋愛小説と区分されているやつは、
ほぼ全てが
五ページ読んだだけで
「もう勘弁してくれ」と言いたくなる。

学術系の編集部配属であっても 時々は仕事上の理由から
恋愛小説ジャンルを読まないとならないときがある。
そのたびに「もう勘弁してくれ」である。

学術系の編集部配属でよかった(恋愛小説をたまにしか読まないですんで)
と神に感謝するくらいである。

××の『×××』とか、××の『×××』とか、
あれとか、あれとか、それにあれとか、
どれも「すごく売れて、すごく読者が泣いた」とされる作品であるのだが、
私には「中学生の失恋日記」、
いや中学生にも至らない「小5、小6の、ちょっと悲しかったことを書いた作文」
にしか感じられなかった。

女子中学生の日記が悪いというのではない。
なら、本当の女子中学生の日記を読んだほうがよいと思うのだ。
これに御大層なブンガク賞をつけて高尚然とした評価をする必要はない
と思うのである。

こんなふうに日頃思っている私がしゃしゃり出てきて、
「小説について」書くなと怒る人もいるだろう。

だが、
出版の顧客(出版が商売である以上、商品である本を買うのはお客様である)
のうち、
男性客は、正直なところ、私のような人がほとんどではないだろうか。

男が読む本は一に実用書、二に新書、
三に成功談(実業家、スポーツ選手ならびに監督などの)。
文芸ジャンルを買う男性客など少数である。

ましてや文芸ジャンルのうちでも、
恋愛小説を読む男は、いないとは言わないが、きわめて少ない。
職業柄、アンケートはがきの集計結果も見てきたのだ。

男が読む文芸ジャンルは犯罪小説、冒険小説、時代・歴史小説。
(注/ミステリーという分類はどうもあやふやで私は好かない)

女は一に恋愛、二に恋愛、三四も恋愛。
五に怖い話。
エッセイも恋愛にまつわるものだ。
占いやスピリチュアル系でも、それが恋愛にどう影響するかを読む。

美容とダイエット本も、
それを読んできれいになって恋愛に活かしたいと読むわけである。
(ボーイズラブは当然、恋愛ものである)

むろん、こうではない男性客もいるし、こうではない女性客もいる。
だがアンケートはがきの集計が示す数字は圧倒的に上記のとおりであるから、

私のこの意見を読んで「ちがう」と思った人は、
「85%から外れた読者」である。
「一割五分の読者」である。

この「一割五分の読者」が姫野カオルコの顧客だといえる。
さる大型書店で客の男女別統計をおこなったところ、
姫野カオルコの場合は下一桁まで同数で男女半々だった。

犯罪小説や歴史・時代小説ではないジャンルで、
女性作家の客が男女半々というのはきわめて稀である。
「だれもにでもウケる、の反対」だから、
こういう稀な集計結果が出るのである。

『ツ、イ、ラ、ク』『桃』『サイケ』等は
女子中学生や女子小学生が主人公だが、
「女子中学生の日記」しか読んでこなかった読者には何のことかわからないであろう。

最初の三十ページも読解できないのではないか。
やっと小数を分数になおせるようになったくらいの生徒に、
三次以上の方程式の問題を出して解けと命じたところでどだいが無理というものだ。

そういう読者は身の丈にあった『●●●ー●●』や『●●の●』を読んでいればよい。
出版社も能力別編成クラスのように読み手のEQレベルに合ったテキストを売るべきなのだ。
小学館を見習うべきだ。
「小学一年生」「小学二年生」「小学三年生」……。
学年単位で顧客ターゲットを刻んで売っている。

さて、「一割五分の読者」がいるいっぽうで
「八割五分の読者」から信奉されている文芸商品がある。

うちひとつが司馬遼太郎である。
国民作家といえる。

前置きが長くなったが、
長い前置きのような私であるが率直に思ったことを書くということである。

長い前置きのような私は、
私のような男性同様、趣味で読む本はもっぱら歴史小説である。 

長い前置きをしておいて、また長くしてしまうが、
歴史小説ファンと時代小説ファンは似て非なるものというのが持論である。

時代小説ファンは藤沢周平や池波正太郎などを好むが、
歴史小説ファンはこの二作家などが苦手である。

私は司馬遼太郎が好きだが、
時代小説に属する『風神の門』『梟の城』などは苦手である。
藤沢周平はもっと苦手である。

藤沢周平に罪はない。
『風神の門』にも罪はない。
主人公に読み手が接近せねばならないことが、私には苦手なのである。

ここで恋愛小説に話をもどそう。
私が苦手なのは、多くのそれらの文章が稚拙なこともある。
が、もちろん優れた恋愛小説もある。

だがそれも私は(作品が優れていることは認めても)
趣味として苦手なのである。

作家の目線が登場人物にかぎりなく近く、
ほとんど同一だからである。
それはブログではないか。

私は目線が主人公から離れて書かれたものが好きなのだ。

司馬遼太郎は離れているから好きなのだ。

だから私は「姫野カオルコの小説なら読める」のである。

司馬遼太郎と同じ書き方だからだ。

「司馬遼太郎と姫野カオルコの文体は似ている。父娘のようだ」

こう言うと今まで言った相手全員から「えーっ」と驚かれた。

「そうか、そんなに意外なことを言っていたかな」
と反省したこともあったが、なんのことはない。
単純な理由だった。

「司馬遼太郎をよく読む人」と「
姫野カオルコをよく読む人」が
重なっていないからである。

なんといっても司馬遼太郎は「八割五分の客」で、
姫野カオルコは「一割五分の客」。

客層を円とすると二つの円が重なる部分は
きわめてきわめて小さくなる。
たんにこれだけの理由だ。

そこで私は国民作家・司馬遼太郎の読者にすすめてみようとした。
姫野カオルコを読むことを。

しかし、二の足を踏んでしまった。
<司馬遼太郎を読む読者は多いが、
その多い読者の大半は「司馬遼太郎を読んで勉強しよう」
という姿勢で読んでいるのではないかと思ったからである。

「司馬先生の歴史講義を聞いて、自分の会社でのやり方や、
生き方について勉強しよう」といったような日本人らしい律儀さで
読んでいる人が多いのではないか。

こういう人に姫野をすすめたところで
「歴史のことが書いていない」「勉強にならない」と
怒るだけだろうと思ったからである。

だが……、
前のところで「司馬遼太郎の『国盗り物語』は信長を描くときでも、
書き手の愛情(配慮?)が明智光秀にも豊臣秀吉にも徳川家康にも、
もちろん斎藤道三にも均等に注がれている。

このように描かれた群像をながめながら、
司馬遼太郎の歴史観を堪能したいのである」と書いた。

私はこんなふうに司馬遼太郎を読んでいるので、
山岡荘八は退屈である。
私はヒーローではなく人間が好きなのだ。

いろんな人間が好きなのだ。
「司馬遼太郎と姫野カオルコが似ている」というのは、
作品のテーマが同じだとか、扱っている時代が同じだとか、
物語の背景が似ているということではなく、
主人公ならびに登場人物を描く距離の取り方が似ている。

松田優作とショーケンが似ているというのは、
この二俳優の目や鼻や口が似ていると言っているのとはちがうように。

『ツ、イ、ラ、ク』という小説に対して、
一般読者はともかく、
出版業界内に「なぜ、大勢の脇役のことをこんなに詳しく記述するのだ」とか
「なぜ、こんなところでマークシートテストが出るのだ」といった戸惑いを
おぼえた人がいたと姫野本人から聞いた。

「えーっ!」と私はあきれかえった。
以前に……

「姫野カオルコという名前のチャラさはハードボイルドである。
『ツ、イ、ラ、ク』の中で河村と森本が「いちおう夜明けのコーヒー」を飲んだとき
に別離を確信しており、
そのさいに「夜明けのコーヒー」に「いちおう」をつけるところが
一割五分の読者しか、しかし熱烈な読者を獲得するハードボイルドであるように」

と書いたことがある。

こういう意味で、「たかが」とつけるのだが、
たかが姫野カオルコの、
小学校部分の描写やマークシートごときに戸惑うのであれば、
こういうブンダンの老人たちは
司馬遼太郎の「以上、筆者余談」に出くわしたら泡を吹いて失神するのだろうか?

『コルセット』(姫野カオルコ・新潮社)と『覇王の家』(司馬遼太郎・新潮文文庫)は、
松田優作とショーケンくらい似ている。

text by 小早川正人(ある文庫本の解説として書かれたがボツになったもの)

☆2009/12月9日にアップした記事の再録
https://www.kadokawa.co.jp/product/200601000330/