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★小説家。嘉兵衛は雅号。「嘉兵衛」で「かおるこ」と読む。
 
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宮城まり子が建てた吉行淳之介文学館/新宿区早稲田のO.S様へ / 続きはhttp://only5.himenoshiki.com/
宮城まり子が建てた吉行淳之介文学館のある掛川市の高校に通われていた、
現在は新宿区西早稲田の、O.S様へ

お手紙ありがとうございました。
 この場を借りて返信いたしますこと悪しからずお許しください。

 19歳でいらっしゃるとのこと、お手紙にありましたが、とても礼儀正しく落ち着いた文面に感心いたしました。
 お育ちのよさが便箋から匂い立つようでした。
 *****慈しみ深い親御さんのもと、喧嘩しつつも仲のよい兄弟姉妹などがいて、健やかな(?)反抗期を経て、すらりと苦みを含んで成長してゆかれたような方を、育ちがよいと(私は)言っております*****

>『すべての女は痩せすぎである(集英社文庫)』で、高校生時代の姫野さんと吉行淳之介が電話で話していたエピソードを再現した「彼の声」という章がとても印象的で……

 中高生のころ、よく私が空想していたことのは……、「親戚のおじさんがいて、その人は法事など親戚の集まりがちょっと苦手で、みなが集まっていると、いつのまにかフイと抜け出て、裏庭の蔵の軒下でプカーとひとりで煙草を吸っていて、おそるおそる私が近づいてゆくと(ひとりでいるのを邪魔したことを不愉快に思われるのではないだろうかと、おそるおそる近づいてゆくと)、「やあ」と静かに笑って、いろいろな話をしてくれる。その話は、いつもの自分の日常にいるメンツではぜったいに出ないテーマで、おじさんは該博」……というようなことです。
 
 忌野清志郎の「ぼくの好きな先生」という歌を、中学生のとき、深夜放送(近畿放送・現京都放送の「スタジオ300」)で初めて聞いたとき、表現はちがうのですが、「ああこういう先生が、私の空想の中にでてくる〃親戚のおじさん〃だ」と胸を鷲掴みにされたものです。

 吉行淳之介に対する「愛している」と言ったのは、このような感情です。こういう言い方をすると、明るい家庭に育った人は(あ、これはO.Sさんのことではないのですが)、「きよらかなキモチだったのネ(^0^*」みたいな、善意ある解釈をされることがよくあります。そういうのとはちょっとちがう。

 一般的に思春期(小5以上)に入ると明るい家庭に育った少女は、「ああ、ステキな恋人にめぐりあえますように」という願いを第一におく(おける)が、明るくない家庭に育った少女はそうした願いより、「ああ、話せる人生の先達にめぐりありますように」という願いを、はるか上方に置いてしまう……ということです。

>姫野さんがブログで『ツ、イ、ラ、ク』は35歳以下で読むなと書いているのを読み、勝手にショックを受けてしまいました。私は18歳で読んで面白いと感じたのですが、見当はずれの.勘違いだったのかと不安になってしまい……

 ははは。ここで  など絵文字を入れるとそのショックがやわらいでいただけるでしょうか。
もちろん35歳以下で読んでもさしつかえありません。 まったくさしつかえありません。
でも、35歳以上で読んだほうが、よりおもしろいということです。
「時」「年月」というものの感覚が、よりわかるからです。
 角川文庫ですと、とくにp526の14行目からp527にかけての17行などは、40歳を過ぎてはじめて、重くも甘い17行だと体感できるのではないかと(体感してほしいと)、思うから……。

団塊の世代の箸の使い方が汚い(人が多い)原因については、今後、調査をつづけます。。。

 手術後の経過は、おかげさまで順調で、スポーツにも復帰できました。O.Sさんもインフルエンザにはくれぐれも注意なさって(一人暮らしの御様子ですので、外出からもどっての手洗いとうがいは忘れずに)、御身御自愛下さい。お母様にもよろしくおつたえくださいませ。

2009・12・9(水)
姫野カオルコ
返信 | 10:29 | - | -