姫野カオルコ(嘉兵衛)のブログ…運営&宣伝=KOGA工房

★小説家。嘉兵衛は雅号。「嘉兵衛」で「かおるこ」と読む。
 
ちょっと前のもの
 
日曜天国ふうに、「エッセイと私」 fm姫野カオルコ
「エッセイとコラムのちがい」について過日の当ブログ※に書いた。
※見たい場合は右手に「search this site」というのがあるので、そこの空白のところに題を入れて参照してください。

しかし日本では、あまり区分けがなされていないので、とりあえず、よく使われている「エッセイ」を、今日は用いる。
そして日曜天国ふうに、「エッセイと私」。こんな特集が日曜天国であったとして、投稿するとしら↓のようになる。
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私はエッセイを書くのが嫌いです。エッセイの依頼を受けると、「ものごとの深いところまで切り込まないように切り込まないように、あたりさわりがないようにあたりさわりがないように」しないとならないからです。
いわば嘘をついて、本音を隠さないとならないのです。

みなさんも経験がおありでしょう。
たとえば、ゴミを出しに行って近所の人と会ったとき、小学校の子供などを持つママさんならママ友とのランチ会、そんなときには、軽く、あくまでもハハハと笑って終われる話題にしなくてはなりません。もうあと一歩でも突っ込んでしまうとタイヘンメンドウなことになります。

エッセイを書くときは、こんなもどかしさがあり、本音を吐露しないよう、深い部分に切り込まないよう、しなくてはならないからです。

はい。もちろんです。疲れているときには、あまり深い会話はしたくないですよね。その気持ちはよーくよーくわかる。だから、そんなときには私も、軽い読物のほうがよいですから、そんなときにエッセイを読むんですよ、というのはよくよくわかります。

ただ、こうして「ハハハと読めるように嘘をついたエッセイ」を読んでおもしろかったから、この人の小説も読んでみよう、と思うときというのは、「ハハハと読めるような小説」を求めているのです。このことを忘れてはいけない。
エッセイがたのしかった、という気分のまま、その気分を持続させたい意識で、姫野カオルコの小説を読のむなら、その期待にはまったく応えられません。90%の場合。

応じられているのは「近所の犬」※注意・「昭和の犬」じゃないですよ「近所の犬」のほうくらいじゃないですかね。
あるいは、コラムのスタンスでも読んでいける「結婚は人生の墓場か?」か。

ママ友ランチ会ではふれないようにしている部分、もっとじっくりと掘り下げて、膿んだ部分の膿をプシュッと破裂させる。するとその部分は直後は赤く血が出たりします。が、3日ほどあとに、なおってスーッとする。そんなふうなカタルシスをめざしているので、私の小説は、読んだ直後はツライ、ヘビーな気分にさせてしまうことがあるかもしれません。が、私は方針として、ハッピーエンドです。たとえ読後直後はハッピーエンドを感じられずとも3日ほどあとに、じわじわとハッピーエンドになってくるようなハッピーエンドをめざしています。

スピード時代には合わないやりかたかもしれませんが、飲んですぐきく薬って、なんか怪しくもあるじゃないですか?
漢方薬的なハッピーエンドをめざしています。。。

ブログゆえ、オチもなく、ただのつぶやきで終わります。では。