姫野カオルコ(嘉兵衛)のブログ…運営&宣伝=KOGA工房

★小説家。嘉兵衛は雅号。「嘉兵衛」で「かおるこ」と読む。
 
ちょっと前のもの
 
野田先生、訃報、滋賀県立高校

滋賀県立高校卒のみなさん。3−7担任の野田先生が12月17日の午前4時ごろ、老衰でお亡くなりになりました。たまたま滋賀県に帰っていたときの訃報でしたので、すぐにコスギくんの車に乗せてもらって、ご自宅にお参りに行きました(シマちゃんとナカジマくんと私は遠方住まいなので通夜と告別式に間に合わないから)。

まだお通夜の前でしたので、先生はお布団にちょこんと寝てらして(もともと小柄な先生でしたが)、なんだか声をかけたら、またにこにこと起きてバイオリンを弾いてくれそうな感じでした。芸術クラスでしたから、美術選択だった私は担任に授業を受けることはありませんでしたが、「みなさん勝手に好きにしててください。ぼくも好きにしてますさかい」という先生の方針がそっくり反映されたクラスでした。

先生は「昭和の犬」を買って下さって、その感想を、何人かで集まったおりに言ってくださって、それを聞いたとき、私は感動しました。うーんとね…、なんといえばいいかな、ふつうは読まないんです。親戚だから、同級生だから、賞をとったから、とかで買って下さって、それで読まないのがふつうなんです。読まないで部屋の飾りにして、それでしばらくしたら捨てる。そんなものなんです。そして、それがいいんです。ほんと、それがいいの。ほんとにそれがいいの。買ってくださるということがありがたいんです。

それに同級生とか知り合いとかの書いた本でも漫画でも出てる映画や演劇でも、そういうものって、エンタティンできないと思うの。たとえば同級生がミュージカルに出る。同級生だから「じゃ、チケットを買ったげるねー」と買って見に行く。そして舞台にその子が出てくる。「あ、××子だ、出てきた、わーい、××子ー!」って心で拍手して、そんなふうにして見て終わる。批評眼的なもので作品は見られない。本も漫画もそうだと思うの。「ねえねえ、これ〇〇くんが書いたのよ、わー」。そういう目で見る。それがふつうだし、そうして買ってもらうことで、私はとてもありがたいし、うれしい。

ところが野田先生は、とっとと買ってとっとと読んで、そんで驚いたことに「ここが笑えた。ここもおかしかった。それからあそこも」と、ユーモラスな箇所を指摘して、「いくつか笑うところがあって、読了しました」という感想だったのです。知性とか頭の冴えって、ユーモアへの感応力なので、80代にして、こんな感想を言ってくださった野田先生の若々しさに、私は感動しました。そして先生はキャンピングカーを自分ですいすい運転してお帰りになった。野田先生、担任してくださって、ありがとうね。3−7、ほんまに居やすい教室やった。ありがとうね。(姫野)

(2016・12・18ブログ再アップ)