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★小説家。嘉兵衛は雅号。「嘉兵衛」で「かおるこ」と読む。
 
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小説は自分で推敲までして、自分で書いたと言える  fm姫野カオルコ(姫野嘉兵衛)
◎さんは、小説を書いている、と自分で思っているのだろうか?
なぜ、そう思えるのだろうか?

小説を書くというのは、すじや気持ちを考えることではない。
小説を書くということは、すじや気持を、文章で、表現する、ということだ。

すじや気持が頭に浮かぶびしゃべる、までをやって、あるいは、ノートに第一草稿を書いて、さて、これをどう完成させるか(どう公に発表できる商品にまでしあげるか)……原稿用紙に書き出して(あるいはpcの画面に入力しだして)、ああでもない、こうでもないと、懊悩し、うまくできないから、みんな悩んで、悩んで、やっと完成させて、応募したり、編集者に渡したりするわけだ。

原案を書いて、あとは別の人に推敲させているのなら、それは、本人が書いた小説じゃない。

でも、◎さんは、自分が書いた、と、きっと思えるんだろう。
テレビで人気を博すということは、しゃべっておもしろいと思ってもらえている、ということだから、しゃべって、それをさらに自分が字にして、でも推敲は別人がしたとしても、それは自分のもの、と思えるんだろう。

小説というのは、文章で表現することだ。
推敲まで、ぜんぶ自分でやらないかぎり、自分で書いたとは言えない。
それでも成り立ち、出版社もそれで出すというのなら、それは「名前貸し小説」として売ればよい。

※注…手を怪我して書けないとき、病気で寝たままの姿勢をよぎなくされているとき、そんなときに、たとえば、
「私がウスウスト目を覚ましたとき、てん、〃さます〃は〃覚醒のカクで漢字〃、こうした蜜蜂の唸るような音はて、まだてん、その弾力の深い余韻を、てん、私の耳の穴の中にハッキリと引き残していた マル、改行…」
と、本人が原稿用紙に書いたように口述して、筆記させていくのであれば、それはその人が書いたものですよ。

でも◎さんのはそうじゃないんだもの。思ったこと(思いつきとか、イメージ)をばばばっと書きなぐって、あとは編集部の×さんがぜんぶみなおして推敲して書き直しているんだもの、そんなので◎さんは、なんで「自分が書いてる」と思えるんだろう。