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★小説家。嘉兵衛は雅号。「嘉兵衛」で「かおるこ」と読む。
 
ちょっと前のもの
 
(姫野嘉兵衛カオルコtw. )池ポンは幼稚園で一番有名な女子だった
池ポンは幼稚園で一番有名な女子だった。女子で池ポンを知らないものはいなかった。もっとも池ポンというのは、小学校以降の愛称で、幼稚園のころは「カナちゃん」だった。「ああ、カナちゃんやろ」と、みんな知っていた。

なぜかというと、ヘアスタイルがおだんごだったからである。田舎である。ど田舎の幼稚園で、昭和30年代。女児は、みんなワカメちゃんの髪形だ。ショートに近いおかっぱで、えりあしは刈り上げ。

だからこそ、牧美也子先生や松尾美保子先生や細川千栄子先生や細野みち子先生の漫画に出てくるような、髪をツインテールに「できるほど」長い女の子の、リボンやカチューシャをした絵にうっとりしたのだ、みんな。

そんな時代の、そんな幼稚園で、おだんごにしているカナちゃん。ロングヘアだからおだんごにできるわけで、それは、ほかのもっさい女子(あしたいずみはるみちゃん仮名とか、ほらないさまよちゃん仮名とか、スターは除いて)にとって、「うわあ!」ということだった。

ヘアスタイルをアップにする(おだんご)と、大人びてみえる。そのせいだけでなく、カナちゃんはすらりと細くて、竹の子系の白い肌をしていた。
※白い肌には、子豚系と竹の子系がある。竹の子系の白い肌の人は、おおむね、毛細血管が透けず、均一に白い(高校の同級生のテニスぶのリエポンは子豚系の白い肌)。均一に白いので、おしろいをぬっているように(お化粧をしているように)見えるっぽい。なので、よけいに大人びて見えた。


げたばこが組別に並んだところがあって、そこで上靴から下靴に履き替えて表に出る。出ると4段のエントランス階段があって、階段をおりて左が、園舎の壁である。すぐ左の壁の窓から中をのぞくと、廊下があって、窓の真ん前は、鳥組の教室だった。(もちろん、窓は、サッシではなく木枠だ)

カナちゃんは鳥組で、ある日、外の窓のところで、つまさきだちをして、窓ごしに教室を見ていた。
私は、かわいくて有名なカナちゃんを、そばで見たくてたまらず、自分も、なにか室内に用事があるふりをして、となりで、つまさきだちをして、中を見た。

そしたらカナちゃんが、用事の詳細を、私に言った。なんの用事だったのか、まったくおぼえていない。自分は用事などなかったし、有名なカナちゃんが自分に話しかけてきてくれたので、ドキドキドキドキッとして、アガってしまい、うわのそらで返事したからだ。ほっぺたが熱くなっているのが自分でわかった。

ずっとずっとあとになって1980年代、タカラヅカ歌劇が、あたらしい組を設けることになり、名前を公募した。
私は応募した。自分が選ばれる自信はなかったが(私はクジ運が悪いので)、自分が応募した名前が新しい組の名前になる自信は(ほかの人が応募してきて、その名前になる自信は)満々だった。

応募した名前は、もちろん「鳥組」。私の通っていた幼稚園は、月組、星組、鳥組、雪組、花組だったのである。
そして、鳥組は、カナちゃんの組、ということで私にはきざまれていた。

老人になった現在、道で、バレエ教室から帰ってくる(出かける)女の子とすれちがうことがある。みなカナちゃんのヘアスタイルをしているので、そのたび、鳥組のカナちゃんを思い出すのである。

それから、「えーっ、宙組? なんでよー!」と憤った公募結果もちょっと思い出して、いまだに「鳥組のほうがよかったのに」と思っている。

あー、また、依頼もされないのにエッセイを書いてしまった。だからブログには極力、自分の意見を書かないようにしているのに。