姫野カオルコ周辺ブログ…運営&宣伝=KOGA工房

★小説家。嘉兵衛は雅号。「嘉兵衛」で「かおるこ」と読む。
 
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サインはV、三宅邦子、 トトやん様がhttps://ameblo.jp/kusumimorikage/entry-12045488896.html、 続きはhttp://only5.himenoshiki.com/
https://ameblo.jp/kusumimorikage/entry-12045488896.html
↑で、トトやんという名前でブログを書いておられる方が……すみません。「という名前で」という言い方が不遜でしたら、どうかお許しください。

姫野カオルコというものです(ウィキ参) 「麦秋」を、世の中のみなさんは、どのようにご覧になったのかなあと検索していて、トトやん様のブログに出ました。


三宅邦子さんが、ふとんの打ち直しを、東山千栄子といっしょにするシーン。
私もトトやん様のように、このシーンでは三宅邦子さんの大殿筋に目が行きました。
やわらかい生地のスカートをはいているので、三宅さんの大殿筋の形が如実に出てるんですよね。

ほかにも、小津映画は、原節子をバックからつかみとるように撮影するシーンがよくありますね。

生活の中にある、日常生活からモレてしまうようなエロスが、小津映画ではよくとらえられているのですが、アラーキーの写真のようにはぜったいなっていかないのはふしぎでもあり、当然でもあります。
原節子が、どうしたってゴージャスなのが、その原因なんだろうと思う。
清純=原田友世(急に時代のちがう女優を出するのは、顔の造作として。原田友世のでわかりにくかったら、さよふくこ)という観念とは、ぜんぜんちがう、顔なのに、とことん(という形容詞をつけたくなる)処女性が、ゴージャス。

「ゴージャスなグラマー」というセットではなくて、「ゴージャスな処女」が、お茶漬けを「おかわり」している(夜更けに)、という、めまいのするような組み合わせが、小津映画の魅力の一つでもあると思います。


そうそう、あの、「なんで、二本柳 寛さん(役名は、矢部だっけ)を選んだか」を、淡島千景と原節子で会話させるところは、私も買いません。
シーンの長さはともかく、もうちょっと、ほかのシーンのようにあいまい〜なやりとりでよかったように思う。
東北弁披露のシーンも、「練習しました」感が出すぎているような。
ここだけ、ちょっとおしい。
…と、私は思うけど、でも、 これくらいしたほうが、「なんで?」と思う観客を落ち着かせるのかな、それでしかたがない、入れよう、と思ったのかな、とか考えたりします。


というわけで、どなたか、このブログを、ととやん様にお伝えください。


〜姫野カオルコ