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★小説家。嘉兵衛は雅号。「嘉兵衛」で「かおるこ」と読む。
 
ちょっと前のもの
 
豊田市のA. Y様 、お手紙ありがとうございました fm 姫野カオルコ
豊田市のA.Y様

Aさん、お手紙ありがとうございました。
中学の2年6組(担任は古×弥××先生)の時によくいっしょに遊んでいたTさんが、Aさんと同じ字で、同じ読み方をする女子でした。

各科目の担当先生が、たいてい、彼女のことを音読みで呼ぶので、そのたびにTっぺ (Tっぺ、という愛称だった)は、訂正していましたが、

私は、なぜ先生がそんなふうに読みまちがえるのかふしぎでした。
TっぺやAさんのY子さんというお名前は訓読みしか、名前としては成立しないというかんじがしていたからです。
小学校のころに大好きで当時は少女漫画界の女王だった少女漫画家と同じだからです。(少女漫画家の名前を伏せているのは、その漫画家の名前を明かすと、Aさんの名前もあかすことになってしまうので、口幅ったい言い方になりますが)と同じだからです。


お手紙に書いてくださった寺村・・さんとは全然関係ありませんが、
Tっぺは、「寺村」英語塾に通っておられました。通っていなかった私はそこの先生を見たことはありません。たた、ほかにもその塾に通っていた生徒の話から、年配の先生のはずです。
それなのにTっぺは、その先生のことをいつも「寺村、寺村」と呼び捨てにしていました。ほかの通っていた生徒も、そういえば「寺村」と呼びすてていました。


愛知県には少なからぬ縁があります。
それは『謎の毒親』に書かれているとおりです。

幼いころ、いろんな他人の家に転々と(?)預けられていた私ですが、2歳未満の記憶はなく、3歳から4歳の預かり手の記憶がごく断片的に、しかも、うっすらと。
でも4歳半以降の預かり手の記憶はしっかりしてきて、5歳ともなると、その人の家の間取り、家具、食器まで、鮮明です。

その鮮明な記憶にある預かり手に、小西さんという方がいらっしゃいました。
「小西のおばあちゃん」と私は呼んでいましたが、今になって計算すれば(状況などから)、今の私よりも年下だったのではないかと思います。
お子さんのうち、長女さんが結婚された相手が、もともとは名古屋の人、だったので、しばらくは滋賀にいて、しばらくして、名古屋に引っ越されました。

それで、小西のおばあちゃんとおじいちゃんは、長女夫婦と同居することになり(敷地内で母屋と離れみたいな同居)、こちらも名古屋に引っ越されました。

この引っ越しこそ、私が、家を脱出できるチャンスになりました。
(詳しくは『謎の毒親』をどうぞ。小説として、すじを追わせるように書かないとならないし、他人様のプライバシーにも配慮しないとならないので、そのあたりはフィクションですが、この『謎の毒親』はほぼノンフィクションです)


小西さんのご縁あって、名古屋にはよく行きました。
といっても、駅から春日町にあった小西さんの家にまっすぐ行き、そこにずっといて、また駅にもどるだけでしたが。

名古屋駅のアイちゃんでしたっけ?なにちゃんだっけ、パピコみたいに大きなマスコット。
あれができてから、「鍵屋」だったかな? うなぎの店がありますよね。
そこに行きました。朝日新聞名古屋本社の人といっしょに。


あ、そうそう、それに、明治村!
小学生のとき、明治村に行って、「こんなにこんなにおもしろいところがあるなんて!三泊三日してもっと見たい!」と思ったものです。
(いろんな家の設計図を方眼紙にせっせと書くのが趣味だったので)

「よし、大人になったら、泊まり掛けで明治村に行こう」と思っていたのが それが実現したのは、40歳くらいのときです。
平日にいったので(自由業の特権で)、すいていて、どの建物もじっくり観察できてうれしかったのですが、
刑務所をじっくり観察しているうちに閉館になっていて、

あたりにはだれもいなくなっていることに「ハッ」と気づいたときは、焦りました。
職員さんたちが、職員門から出るのに乗リ合うバスが通り掛かり それに乗せてもらいましたが、職員さんにひどく叱られました。「何度も放送したはずです」と。

しかしよかった。あやうく、明治期の刑務所(たしか網走刑務所の再現?)で、小学生のときの夢を叶わせるはめになるところでした。


もうひとつ思い出しました。
名古屋大学で、トークイベントをしたことがあります。
大々的なものではなく、
名古屋大学の中に、姫野本の愛読者がいらして、その10人ほどが、発起人になってくださって、20人くらいで、一つの教室で、談話会のようなものをしました。
『喪失記』を出したころかな。
まだ30代前半でしたから、名古屋大学の大学院の学生さんたちと、そう年齢差のないころでした。
イベントのあと、かしわで有名な店(大相撲で必ず升席にすわる白鷺の姐御こと、、駅伝の神野くんの祖母様が卸している店の一つでしょうか???)で、学生さんたちといっしょにごはんを食べて、最終の新幹線で帰った。


名古屋市と豊田市はちがいますけれど、愛知県には、こうした次第で、親しみを感じております。

次作の長編小説を書き上げましたところです。
これから推敲作業に入ります。
いつの出版になるのか(コロナで)わかりませんが、次作は、たのしい青春小説(のつもり)です。
愛知県とのかかわりも、またでてきます(ちょっとですが)。
これからも、ご愛読のほど、よろしくお願いいたします。
そしてまた、Aさんも、コロナだけでなく、これから蒸して暑い季節となりますので、食中毒や、熱中症にもくれぐれも気をつけて、息子さんとともに健康でお過ごしください。
(息子さんの年齢を考えて見せないほうがよいと思われる拙著は(『ツ、イ、ラ、ク』とか、よくないような気がする。『お金のある人の恋と腐乱』も。私の本は、本屋大賞をとるようなタイプの本(家族みんなで、小学館のマークのようにして読んで問題のない本)の奥に隠しておいてください)

2020・6・1


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