姫野カオルコ(嘉兵衛)のブログ…運営&宣伝=KOGA工房

★小説家。嘉兵衛は雅号。「嘉兵衛」で「かおるこ」と読む。
 
ちょっと前のもの
 
リアル・シンデレラの泉ちゃんってサナミちゃんとチカちゃんだよなー fm姫野

「リアル・シンデレラ」の倉島泉ちゃんて、ニ〇ザワ〇ナミちゃんとマ〇マチカさんを合わせたかんじだなーと、書いてるときよく思ってた。(fm姫野)

https://www.amazon.co.jp/%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%AC%E3%83%A9-%E5%85%89%E6%96%87%E7%A4%BE%E6%96%87%E5%BA%AB-%E5%A7%AB%E9%87%8E-%E3%82%AB%E3%82%AA%E3%83%AB%E3%82%B3/dp/4334764290/ref=sr_1_1_twi_pap_2?s=books&ie=UTF8&qid=1471396394&sr=1-1&keywords=%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%AC%E3%83%A9

田渕由美子、りぼん付録、3−7のみさえちゃん、fm姫野

みさえちゃんの住所カード.png

卒業式のちょっと前に、3−7のみさえちゃんが、「卒業したら、ここに住むことになったん」って、りぼんの付録のカードに、住所を書いてわたしてくれた。ずっと持ってたの。今ではもう、みさえちゃん、ここに住んでないんだけど。

「相生町ってゆうたら、桑原和男の住んではるとこやね」って言ったおぼえがある。

関西以外の人にはわからないだろうが、桑原和男はスケートの佐野と似ていて、私にはヘッセのハンスのイメージだった。だれひとり共感してもらえなかったけど(;^_^A

比叡山延暦寺、暴力僧侶 fm姫野

「十数発殴られ鼓膜も破れ」
比叡山延暦寺、暴力僧侶を告発。
…という記事が週刊文春2016・6・16号に出ています。
この記事にわたくしが目をとめたのは、いつぞやは「そうだ京都、行こう」と京都の宣伝をしながら延暦寺に行く長塚京三のテレビCMに「これでは延暦寺が滋賀県にあることを全国の人が知らないままになる」と怒ったからではなく…新谷学編集長の文春には「日本仏教の代表的な聖地として知られる比叡山延暦寺(滋賀県大津市)」とあってほっとしましたが…、そういうことではなくて、わたしはずっと、ラグビー部の部室でも、角田美代子の自宅でも、榛名山山岳ベースても、「ぱつんとできてしまった隔絶空間」では、いともかんたんに、こういうことがおこってしまうことが、気になるからです…。

●オカノ様
話は変わるのですが、この記事の左ページからは「慢性頭痛がスッキリ。医者と薬の正しい選び方、市販薬を自己流で飲むと危険…」という記事ですので、奥様と参考になさってはいかがでしょうか。
枚方市長尾家具町のタケコ様 fm姫野
手紙 タケコと呼ばれていたタケコ様、お手紙ありがとうございました!
中学や高校、それに小学校の同級の方からのお手紙には、ほぼ100%「「おぼえていらっしゃいますか?」と書いてあるのですが、同級(同学年)だった人のことや、担任の先生を、忘れる人というのが、世の中にいるのでしょうか?
私はむしろ、忘れる人、いや、忘れ「られる」人というのがうらやましいです。
むかしのことが忘れられなくて、最近のことが、私はちっともおぼえられません。
この状態は、年取ったおじいさんやおばあさんによくおこりますが、私は25歳くらいから、もうはや、この状態でした。


ですので、タケコ様ではなく、全国のみなさん。
わたくしが、25歳〜30歳〜35歳くらいの主人公女性が恋愛する小説に、関心が持てないのは、この状態のせいです。
この年齢のころにもうはや「枯れた年寄りの境地(というと聞こえはいいが、シワシワの年寄り状態)」だったため、この年齢のころに色恋に関心が向くということが、うまく体で発想できないのです。
恋愛小説などというものは、頭でなく、体で書くものですから。

●脱線修正。
タケコ様が、タケコと呼ばれ、クラスメートからリーダーとして慕われていたのはよくよくおぼえているのですが、本日ここではブログということでTさんと呼ぶことにいたします。

Tさんには、小学校2年のときのクラス誕生会(i先生の仕切りで、その月に誕生日のある児童に、クラスの者がプレゼントを贈る。ただし買ってはいけない、という決まりの誕生会)で、銀紙で作った「かんむり(冠)」をいただきました。
それにメモが付いていて「へんなかんむりだけど、ごめんね」と書いてあったのです。でも小2なのでひらがなだったから、「へんなかん、むりだけど、ごめんね」と読めて、「へんかん、とは誰のことだろう? とっかん(Nくん)と書きまちがえて、贈る相手もまちがえたのでは?」と思い、「でも、無理って、なにが無理なのだろう」と、けっこう長いこと考えていました。
夜中に、「あっ、そうか」と気づいたのですが、今から思うと「へんなかんむりだけどごめんね」を、「へんなかん、無理だけど、ごめんね」と読みまちがえるほうが苦しい。でも、子供のころって、こういうおかしなことを、よくしでかしますよね。


小学校のころ、集団登校をしたり、あるいは字別(あざべつ)で、学校がらみの課外活動をすることがあって、これはちょっと記憶がふたしかなのですが、Tさんは スワさん(上級生)をリーダーとする班に属しておられませんでしたか?
スワさんの諏訪という字を、Tさんがすらすら書くのを、すごいなあと思ったものです。
Tさんは字が上手で、漢字も得意で、学級会のとき「琵琶湖」と、これもすらすら黒板に書いてすごいなあと思いました。
私は(今だに)琵琶湖と書くとき、琵と琶の順番を考えないと書けません。


そして、卒業式の「仰げば尊し」の二番を歌ってはいけないことになったことを、Tさんは教えてくれました。
「身を立て、名をあげ」という歌詞が××主義だから、という理由だと。××主義、のところは伏せているのではなくて、何主義だからと教えてくださったのか、ここがちょっと記憶がないからです。


Tさんは姫村(仮名)に在住でした。
姫村先生という、村名と同じ名前の先生が、教頭先生でしたよね。
そのときミナミ小の教頭先生が、えーとえーと、さすがに自分が通っていたのではない小学校の、しかも担任ではない教頭先生の名前まで忘れましたが、スポーツテストで、その先生がわたしたちの学校にもいらしたことがあって、顔がものすごく緒形拳に似ていたので、印象的なのです。
緒形拳は、小学校のころに見た映画「大魔神」の大魔神に似ていたので、気づいたのです。「私たちの小学校の教頭先生は、功利主義な(利に聡そうな)風貌だけど、こっちの学校の教頭先生は熱血漢でホットなかんじでいいなあ」みたいなことを思ったために。

姫村先生が本当に功利主義だったのかどうか、まったく存じません。個人的にしゃべったこともないので。ただ、顔がそう見える、という小学生の見てくれ判断にすぎませんから、もしかして、このブログを姫村先生本人が御覧になることはないと思うけど、ご親戚の方とか、習った方が御覧になったら、失礼なことです。すみません。


セマセくんは、もちろん「嗚呼、懐かしの少女漫画」に出てくるセマセくんのことです。
セマセくんは「ツ、イ、ラ、ク」を読んで、「このオオタって、なんかぼくのことかなあと思うんやけど、ぼくがモデルかなあ」と言っていました。うーん、そうだなあ…、そうかなあ…。そうでしょうか。

「エデンの東北」が私も好きです、という読者の方からのおたよりに、「ツイラクの京美ちゃんは、私にはエデンの東北の涼子ちゃんです」と書いてあったのですが、京美ちゃんは、ああいう、ふわ〜とした小学ちゃんみたいなお嬢様ではなくて(あ、小学ちゃんというのは、飯田橋の双葉ちゃんの登場人物)、もっと活発なお嬢さんをイメージしていたので、意外でした。
あ、また脱線しました。


そのセマセくんと同じ名前の、セマセ先生を囲んでのプチ同窓会。開けてよかったですね。
だって、ほんと、尾●綾●ちゃんとか、奥●秀●くんとか、あんなに元気で勉強もできた人が、あっけなく亡くなってしまうのです…。綾ちゃんは「わたしなあ、青春、て、いつも音読みがわからへんようになるの。セイが青いで、シュンが春やん。そやけど、なんかいつも読み方が、あれ、どっちがどっちやったかいなと、混乱するの。そやさかい、いつも青春て頭に書いてから、青銅とか、春衣とか、読んでるの」と、19歳のとき、電車で出会ったときに言ってた。
あんなにほがらかで元気な人だったのに、あんなに若くして亡くなるなんて、私は一度も同じクラスになったことがないけれど、思い出しても悲しくなります。

全国のみなさん、同級会とか同窓会とか、ちょっと腰が重くなる気もわかるのですが、機会があったら、出たほうがいいですよ。
ほんと、人の命なんて…と、40過ぎたら、ほんと、しみじみ、人の命のはかなさを思いますから。

かつてミッシェル・ポルナレフの大ヒット曲に「愛の休日」というのがあって、ほとんどの人が、この静かな曲調から、ラブソングだと思っているようですが、「愛の休日」なんていう邦題にするからで、あれは、「生と死」をうたった歌で、
「若いきみにはわからないだろう。死は近い。死はすぐそこにある。」
というくだりがあって、今きくと、当時よりさらに、たぶん、歌っているポルナレフも、身に沁みます。


綾●さんと会ったその電車にはTさんもよく乗っていて、当時はやった、オーバーオールの、ブルーじゃなくて、ヒッコリーのほうを着てましたよね。Tさんは、小学校のころ、いわゆる「おてんば」というタイプで、ヘアスタイルも「乙女刈り」でしたが、…若い人はわからないでしょうが、「乙女刈り」っていうのがあったんですよ。男児の「ぼっちゃん刈り」に対抗(?)して。
ベリーショートじゃなくて、こざっぱりと短めの女児の髪形…、で、Tさんは乙女刈りでしたが、中学に入って、長めのマッシュルーム風になると、黒目が大きいのが強調されて、みちがえるようにフェミニンになられたのでした。

たしか姫村には、低橋トシ●くんも、住んでましたよね?
蒙古襞がうすい、白目の部分がすごく青い、天パーで、八頭身で、長身で、足が長くて…こう書くとモデルにでもなれそうな外見だったなあと、今はわかるのですが、当時は、外見より、雰囲気(つまりその、なんていうか、婉曲に言うと、鄙びの雰囲気)に目を奪われていたなあ。


あ、そうだ、それでその、セマセ先生もいらしたプチ同窓会ですが、
小学校のころの同学年の人って、どうしてるのか、ミナミのほうは活発なのに、キタのほうはぜんぜん、わかりませんね。
なんでなんだろう。
やっぱり鄙びのエリアだからかなあ。
こないだ、たまたま、滋賀の事務的な用事で、ボーイスカウトでぶんななさんに指導してもらったというヨシ●さんから、来店のことを聞きました。かとうくん、亡くなったの、ご存じなのかな。私はかとうくんと一回もしゃべったことがないのですが、女子に人気があった(というかサカ●ア●子さんに人気があった?)ので、あんなふうな華やかな人が、お母様より先に逝かれると思うと、ほんとにはかないですね。

……このような次第で、私は、同級生全員のことを克明におぼえています。
いくらでも思い出せてしまい、仕事に支障をきたすほどで、Tさんからのお手紙への返信も、このとおり、記憶があふれてきて、収拾がつかないありさまとなりました。
ここでキーを打つ手を止めます。

ですので、あ、これは、Tさんに言うのではないのですが、同級生の方は、どうか、「おぼえていますか?」という御質問、ご心配はなさらないでください。
(またこのブログは短日でサゲますのでご安心ください)



 
滋賀県との距離 fm姫野カオルコ(姫野嘉兵衛)
実は、先日、滋賀県の某市での講演をお断りしてしまいました。
家族について語らねばならないテーマだったからです。
私は滋賀県出身ですから、滋賀県には、私ではなく、私の親族の知人が大勢住んでいます。
私が語ること、私が書くことが、そうした人に迷惑をかける可能性があり、お断りしました。

私は出身の小学校や幼稚園や中学や高校を伏せています。
それも、同じ理由です。

私が語ること、私が書くことで、他人に迷惑をかけることがある。
「この小説に出てる、小浜さんって、××町の△△さんのことだわ」
と特定できてしまう可能性がある。
じっさい、そういうことがあって、△△さんに多大なご迷惑をかけたことがあったのです。

調べた方には何の悪意もなかったと思います。
けれど、現在はネットが発達して、調べた方自身の善良な好奇心や親愛の情が、ネットで広がるうちに、とんでもなく歪んで、悪意の第三者に伝わる危険がものすごくあるのです。

自伝的要素の強い小説というものは、自らの体験を礎に、人が生きていくうちでの普遍的な心情を描出せんとするものですから、現実の△△さんにクレームをつけたいものではありませんし、現実の△△さんの発言や、△△さんとの交流を「もとにした」かもしれないけれど、小説というものは「構成」されますから、小説になったことで、現実の△△さんとはちがう人になっている(つまり登場人物の小浜さんになっている)わけです。

それでも、無用に、だれかの私生活というものを、調べる人というのはいるのです。
△△さんは人殺しでも強姦犯人でもなく、ごくふつうの市民として暮らしておられるのですから、本当に迷惑をおかけしました。

しかし、△△さんだけでなく、第二の△△さん、第三の△△さんが、出てくる危険もあります。
それで、私は、自分が滋賀県出身であることも伏せることにしていた時期があります。
さすがに、それはそれで困ることも多く、明かすことにしていたのですが、ネットがここまで発達すると、いろいろと気をつけないことがあり、それで、出身の小学校や幼稚園や中学や高校を伏せています。

もちろん幼稚園のときにいっしょだった××ちゃんが、私に手紙をくださったり、小学校6年1組の担任の△△先生がまだお元気でお手紙をくださったりするのは、本当にうれしいのです。
××ちゃんや△△先生は、私が、私個人がじっさいに、直接に知っていた方です。
それなら、お返事も、私個人としてさしあげることもできます。

ですが、私ではなく、私の親族については、私がどこまで対応すべきなのか、途方にくれます。
正直なところ、私は、自分の親については、新潮社「謎の毒親」に綴った心情の、もうあと100倍の感情しか、相手にお伝えできることがありません。
相手が、たとえば3−7の友人なら、3−7で過ごした時間、たとえそれは高校生の幼い表面的な時間であったとしても、その時間を足場にして、短いことばでも、伝えられる(錯覚かもしれないけれど)安心感のようなものがあります。
しかし、相手の方と私が会ったのが、「あなたがまだ赤ん坊の2歳のときでした」というような方ですと、そういう方に返事をするのは、途方にくれます。そのお手紙はやさしいことばにあふれるものであろうとも、私はどのように返信すればいいのか、わからず、返信しようとすると、現在の仕事を1年くらい放り出して、返信だけに賭けなくてはなりません。
私は売れっ子作家ではありません。謙遜ではなく、とても頭が悪く、一度期にいくつものことができないのです。

このブログを、先日の講演依頼の方がごらんになるかどうかわかりませんし、その方だけに宛てるものではない。
ただ、「滋賀県との距離のとり方」について、私は他の滋賀県出身者のように、無邪気に接することができないことを、そっと打ち明けるしだいです…。




 
山本耕史、石田三成、滋賀県、真田丸 fm姫野
野洲のおっさん、カフェラテ飲んでラッタの滋賀県出身ですが、「らった」とか、それに「やった」ということばづかいは、私はしないんだが、やっぱり野洲(ミュージシャンの西川さんの出身高校のある)に特有のことばつかいなのか、イノウエ先生がそういえば、わし、わし、やんけ、ちゃろけと、言う人で、私は在校時代、ずっと「イノウエ先生は河内出身なんだろうな」と思っていた。
さて、ネットで話題になっているという宣伝。次の弾には私も出演したいものだ。

https://www.youtube.com/watch?v=yAaNoci3_FQ

https://www.youtube.com/watch?v=Bp_JCOWYorA

profile

姫野カオルコ =姫野嘉兵衛。嘉兵衛は雅号(嘉兵衛と書いてカオルコと読む)。

作家。'58滋賀県生まれ。非大衆的な作風だが独特の筆致で男女共の読者層。最新文庫は『謎の毒親(新潮社)↓』
http://himenoshiki.com/himefile/speak.htm

 連絡先は「姫野カオルコ公式サイトhttp://himenoshiki.com/ 」の《連絡方法》参照。

甲賀図書館のフジモト様へ fm姫野カオルコ(=姫野嘉兵衛)
手紙甲賀図書館のフジモト様へ(2016・4・11月曜)

 フジモト様、お手紙ありがとうございました。
 そして、甲賀でのラジオ公開放送当日には、こちらこそありがとうございました。
 放送の前後のことは「甲賀日記帳」として、まとめてあります。
 ブログ文面画面の右側にある「search the site」に、「甲賀日記帳」と入れると出てくるはずです。
 館内の皆様で御笑覧いただければ幸いです。
 
膳所高の方へ、石山高校の方へ、滋賀大の方へ、滋賀県立短期大学の方へ、虎姫高校の方へ、近江兄弟社学園のあなたへ fm姫野
滋賀県で本を買う方法。
滋賀県で本を買うには「がんこ堂」さんへ行くという方法があります。
ですが、「がんこ堂」さんがすぐ近くにない人もたくさんいます。
そして、「がんこ堂」さんには、今出てる本がぜんぶそろっているわけではありません。
ちょっと前に出た本は返品されてしまったりします。

そこで。
一番簡単なのはこれです。
近くのセブンイレブンに行けばよいのです。

新聞の広告で見たり、何かで知った「A」という本があるとします。
「タイトルA、作者B、出版社C」
これだけメモしてください。
それをセブンイレブンのレジに出します。
「これをお願いします」
そう言えば、あしたかあさってかしあさってにはセブンイレブンで受け取れます。
送料もかかりません。

Amazonで買うとか、インターネットで買うとか、そういうことができない人(やりなれない人)も、滋賀県の、小さな町なら、たくさんいらっしゃると思うんです。
もし、このブログを、膳所高生のあなた、石山高校生のあなた、滋賀短期大学生のあなた、とにたく若いあなたが、このブログのこの記事を発見されたら、どうかお母さんお父さん、おじいちゃん、おばあちゃんに、教えてあげてください。
「セブンイレブンで、本の題名と作者名と出版社名を言えば、本屋に頼むより2週間か3週間早く買える。送料も無料だよ」
と。
 
NHK様、甲賀図書館様、睫斃ジ稷 fm姫野カオルコ
「甲賀日記帖・まとめ編」が長いので、御礼はここにアップしました。

●甲賀図書館様。
ずっと保管して、飾りつづけてくださっていただいたこと、本当にありがとうございます。
私はどうなっているか、我が家の保存状態が不安でしたが、大阪万博前に購入したとは思えないほど、みなさん(お雛さまの)の顔がきれいで、お道具もきれいで、ぼんぼりもついて、感動いたしました。
私の実家の暗い押し入れに入れられていたのが、甲賀図書館であのように飾ってもらえて、来館の方に見てもらえて、「まあ」と笑ってもらえる環境になったのは、みんな(お雛さまたち)にとって、なんとなんと幸福であったでしょう!
心からそう思います。
当日は放送を控えていたので、なにかとあわただしく、謝意を落ち着いて伝えることができませんでした。
あらためて、ひそかに見学に行きたいと思います。来年の、また雛人形のシーズンに。
本当にもらってくださってありがとうございました。

●NHK様。
このたびは、甲賀図書館前からの「旅するラジオ」のゲストに招いてくださったこと、ありがとうございました。
おかげで、送ってから15年…というより、小学校5年生のときに、一度だけ飾ったきり、ずーーーーーっと約45年間、見ることのなかった「お雛さまたち」に再会することができました。

●NHK睫斃ジ礇▲淵Ε鵐機射諭
こうした事情がありましたので、「甲賀と雛人形のご縁」については、番組の中で語ることができませんでした。
暗い背景がある上、事情がこみいっていて、時間的にも、また、お昼の明るい番組というコンセプトにもそぐわないものだったからです。
近著『謎の毒親』をお送りいたしました。
お忙しいと存じますが、この小説は、ほぼ事実です。
また、私の小説の中では、「読みやすさ第一位※」と思います。

最後に、4月の件、末永くお幸せに( ^_^)/□☆□\(^_^ )

※読みやすさ、の意味については「2月29日ブログ」参照
 
放送中に雛人形が甲賀図書館に渡った経緯を省いた理由  fm姫野カオルコ
まだ199×年だったのではないか?
「通販生活」だったと思うのだが、「とんでもない買い物」という題でリレーエッセイを書くコーナーから原稿依頼があった。
こういう原稿を寄せた。↓
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とんでもない買い物といえば、雛人形を、とりあえず挙げておく。
私が買ったものではない。
亡父が買った。
「とりあえず」とつけるのは、父の買った物のほとんどがとんでもなかったので、とりあえずひとつ挙げるという意味だ。
私が小学校五年のときだった。
ある日、雛人形が家に届いた。組み立て式五段。

ここまで読んだ、私の本を読んだことのない読者は、きっと「まァ、パパ様がかわいい娘さんを驚かせようとして注文したのネ」と思うかもしれない。

しかし。
『純喫茶(PHP文庫)』/『特急こだま東海道線を走る(文藝春秋)』や、『謎の毒親(新潮社)』の既読者なら、「ああ、また忌まわしい背景が……」とピンと来てくださるだろう。(注/原稿を寄せた当時はまだ「謎の毒親」を上梓していなかった。ブログ用にここでは加えた)

そのとおり。
「特急こだま」と同じような背景である。
父が赫怒し、母が凍りつき、あいだに挟まれた私はなんとかしようとして、手元にあった新聞のチラシを父親に見せた。
「××屋さん(町の商店街のおもちゃ屋)がひな人形の大きい広告出してはる」
私はせいいっぱい子供らしい無邪気な声色を出して演技した。
なぜなら、父親には、今でいうと「買い物依存症」のようなところがあった。
病的な買い方をする人だった。
だから、意識を「モノ(物品)」に向けさせ、居間にかぶさった恐ろしい空気を、すこしでも取り除こうと、子供の浅知恵をしぼったのだった。

私は雛人形に興味もなければ、欲しくもなかった。
だいたい「小学校五年のとき」というのが妙に中途半端ではないか。
ひたすら恐ろしくて、チラシを見せたのである。
子供だった私の浅知恵はいちおう成功した。
父親も父親で、赫怒した自分に自分であぐねていたのだと思う。
父は、チラシを見て、××屋に行くと言った。
そして雛人形を注文してきた。
そして届けられた。

届いても、父は封を切ろうともしない。
母もしない。父の赫怒の嵐がおさまれば、彼女はそれでもう「ことは済んだ」のである。
しかたがないので、私がひとりで段を組み立てた。
これが小学生にはけっこうたいへんだった。
組み立て終わったときには疲労困憊して、外の空気を吸いに犬と出かけたくらいである。

人の出入りのない部屋に設置したから、だれも人形を見ない。
雛祭りの日だって見なかった。
三月が終わり、四月になっても五月になっても六月、七月になっても雛人形はそのまま。
八月にやっとかたづけた。
段を解体するのにまた疲労困憊した。

翌年はもう組み立てることがおっくうになり、飾らなかった。
その翌年も、そのまた翌年も、翌々々年も……。
そのうち人形をしまった押し入れの前には、また、買い物依存症の父が買ったいろんな物が積み上げられ、押し入れが開かなくなった。

そうこうするうち三十年以上、経過している。三十余年、箱に入ったままの雛人形……。
もはや箱を開けるのがなにやら恐ろしい。
開けずに捨てるのもなにやら恐ろしい。
どうしたらいいのだ。
もらってくださるという方がいらしたら、配送料は私が負担しますよ。
ほんとにとんでもない買い物である。
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このエッセイ↑が「通販生活」に掲載されると、何人かの人から「欲しい」という手紙が編集部に届いた。
その中に「甲賀図書館」からの手紙があった。
自分が甲賀生まれであるのに加え、ほかの方は個人であり、甲賀図書館は公共施設であったので、甲賀図書館に雛人形を送った。
保存状態をたしかめるのも怖かったので、「もし、使い物にならない状態だったら、ためらわずに処分してください」と添えた。

そうして15年近く経過してのではないだろうか。
私は甲賀図書館に行かなかった。
滋賀にはよく行ったというより、東京−滋賀を往復していた。
が、父母の入院していた病院や入居していた老人施設は、甲賀ではないところにあったので、車のない私には滋賀では、あちこちを回るのは無理であったのだ。